不動産法律判例一覧(その3)
借地・借家編
01.新建物の完成を停止条件とする賃貸借契約
  • 私は店舗を賃借していましたが、家主の建物建替計画に応じ、新築後のビルの一部分を賃借することを条件に明け渡し、新築ビルの入室の予約契約書を取り交しました。ところが、家主は新築ビルの私の入居予定部分を他人に賃貸してしまい、私の入居は不可能になってしまいました。私としては家主に損害賠償を求めようと思いますが、どのような損害が請求可能なのでしょうか?
  • 建物建替計画に応じ、新建物への入室を条件に明渡した場合、賃借人は新建物につきどのような権利を有しているのか。入室予定部分を家主が他人に賃貸してしまった場合、家主の債務不履行が成立するか。成立するとして損害賠償が認められるのはどういった部分の損害か。以上の各点が問題となりますが、近時、東京地判平8・5・9は次の通り判示しました。
判決内容

「本件合意中の本件ビル完成後の賃貸借に関する部分は、前記予約との文言にかかわらず、被告が原告に対して本件ビルの一部分を賃貸することが既に明確に合意されていたものと認めるのが相当であり、その性質としては、本件ビルの完成を停止条件とする賃貸借契約であるとみるのが相当である。被告は、本件合意に基づき、原告に対し、原告賃借予定部分を賃貸して引き渡すべき債務を負っていたにもかかわらず、その完成を遅延させた後、平成元年10月26日に訴外会社に対してこれを引き渡した結果、これによって、原告に対する右債務の履行を不能にしたというべきである。・・・原告としては、被告による本件合意の不履行さえなければ、右の予定どおり、旧建物に代えて原告賃借予定部分について借家権を取得することができたものということができるから、原告の損害額の算定に当たっては、右借家権を取得できなかったことによって生じた損害が被告の右債務不履行と相当因果関係のある損害と認めるべきである。

原・被告間の本件合意においては、本件ビル完成後の原告賃借予定部分についての新しい賃貸借では期間が三年間とされていたこと。本件のように、原告賃借予定部分についての借家権を取得できなかったことによる営業利益喪失による損害額の算定というような場面においては、その損害算定の期間について更新を前提として長期の期間によることは必ずしも相当とはいえず、控えめな算定方法を採用するのが相当であるというべきである。したがって、前記純利益額に基づいて3年間分の得べかりし営業利益の額を計算すると、金14,223,534円となる。

そしてさらに、新ビルへの賃借を開始する予定であった日から債務の履行が不能となってしまった時点までの引渡し遅延に基づく営業利益の喪失分についても賠償を認めました。

結局、本件では借家権喪失分等合計金29,922,553円の損害賠償が認められました。

02.借地権の譲渡承認と実印押捺、印鑑証明の要否
  • Xは、Y(宅建業者)との間で不動産媒介契約を締結し、Yの仲介によりAとの間で借地権付建物の売買契約を締結し、手付金を支払いました。又XはYに報酬金の内金を支払いました。この売買契約には、地主Bの借地権譲渡につき書面による承諾が得られることが停止条件とされていましたが、どのような印鑑が押捺されるべきかについては特に定められておりません。その後、Xは借地権の譲渡承諾書の書面に、実印の押捺と印鑑証明書の添付を求めたところ、当初は協力的だった地主Bが立腹し、これを拒絶して、本件売買契約の効力は発生せず、AからXに手付金が返還されました。XはYに報酬金内金の返還を求め、一方YはXに対し、無理な主張を行い故意に停止条件の成就を妨げたとして、報酬金の残金を請求しました。どちらの主張が認められるでしょうか?
  • 借地権付建物の売買の場合、地主の借地権譲渡についての書面による承諾が得られることが停止条件となるのが一般的です。この場合、契約書に特に明記していなくても、買主が地主の実印の押捺と印鑑証明書の添付を求めうるものでしょうか。買主のかかる請求が地主を怒らせる結果を招き、契約が解除されてしまった場合、条件成就を妨害したと評価されてしまうのでしょうか。
    東京地裁平11・5・18は次の通り判示しました。
判決内容

「借地権付建物の売買においては、買主(借地権の譲受人)にとっては、地主(賃貸人)により借地権の譲渡に対する承諾が正式に得られるか否かは、建物の存続を図り、その売買の目的を達するために極めて重大な問題である上、地主の側に相続が発生する等の事由により、賃貸人の変更が生じたような場合に、借地権譲渡について、真実承諾が得られていたかが将来問題となる事態は十分予想されるところである。

したがって、買主(借地権の譲受人)が、承諾の確実性の担保及び将来の紛争を回避するために、単に書面による承諾を得るだけでなく、地主(賃貸人)の実印の押捺及び実印の真正を確認するための印鑑証明書の添付を要求することは、理由のあるところであるといわなければならない。

すなわち、本件売買契約書の文言との関係では、売買当事者の意思としては、同契約書前文における「書面による地主の承諾」にいう「書面」とは、地主(賃貸人)により実印が押捺され、印鑑証明書が添付されたところの、借地権の譲渡を承諾する旨の意思が明示された書面を意味するものと解釈するのが相当である。」

結局、買主の主張が認められたわけですが、トラブルを防ぐためには、契約書上に実印での押捺と印鑑証明書の添付について明確に定めておくべきでしょう。

03.中途解約の際の違約金条項の有効性
  • 当社は、所有ビルの6階ワンフロア―を、学習塾を営む A 社に期間4年ということでお貸ししました。賃貸借契約書には「借主が期間満了前に解約する場合は、解約予告日の翌日より期間満了日までの賃料相当額を違約金として支払う」との条項を入れております。 A社は賃料支払が困難となり契約から10ヶ月後に契約を解約しました。当社としては、右条項に基づき残り3年2ヶ月分の賃料相当額を違約金として請求したいと思いますが認められますか?
  • 最近、御質問のような違約金条項をよく見かけるようになりました。民法420条1項は当事者が債務不履行の場合の損害賠償を予定した場合には、裁判所はその額を増減することができないと定めております。しかし、その金額があまりにも高すぎる場合には、公序良俗違反として全部もしくは一部が無効となると解されてます。残存期間の3年2ヶ月分の賃料の合計金額が不当に高額といえるかどうかが問題となります。類似のケースにつき、東京地判平8・8・22は次の通り判示しました。
判決内容

「建物賃貸借契約において1年以上20年以内の期間を定め、期間途中での賃借人からの解約を禁止し、期間途中での解約又は解除があった場合には、違約金を支払う旨の約定自体は有効である。しかし、違約金の金額が高額になると、賃借人からの解約が事実上不可能になり、経済的に弱い立場にあることが多い賃借人に著しい不利益を与えるとともに、賃借人が早期に次の賃借人を確保した場合には事実上賃料の二重取りに近い結果になるから、諸般の事情を考慮した上で、公序良俗に反して無効と評価される部分もあるといえる。原告は、契約が期間内に解約又は解除された場合、次の賃借人を確保するには相当の期間を要すると主張しているが、被告会社が明け渡した本件建物について、次の賃借人を確保するまでに要した期間は、実際には数か月程度であり、1年以上の期間を要したことはない

以上の事実によると、解約に至った原因が被告会社側にあること、被告会社に有利な異例の契約内容になっている部分があることを考慮しても、約3年2ヶ月分の賃料及び共益費相当額の違約金が請求可能な約定は、賃借人である被告会社に著しく不利であり、賃借人の解約の自由を極端に制約することになるから、その効力を全面的に認めることはできず、平成6年3月5日から1年分の賃料及び共益費相当額の限度で有効であり、その余の部分は公序良俗に反して無効と解する。」

04.地代等自動増額改定特約の効力
  • 当社は、土地を借り受け大規模小売店舗を所有しております。地代については、契約時から3年後に15%増額し、その後も3年ごとに15%ずつ増額すると定められております。契約から10年たってバブル崩壊により、土地価格は、契約締結時の半額以下になっております。建物から得られる賃料も大幅に減少しています。地主さんに地代の値下げをお願いしたのですが、自動増額特約をたてに応じてくれません。当社として、地代の減額請求をすることはできないのでしょうか?
  • 借地借家法11条1項は地代等の増減請求権について定めており、これは強行規定としての実質をもつとされております。一方、地代の額の決定は本来当事者の自由な合意にゆだねられており、近時、将来の賃料を自動的に決定していく自動改定特約が急速に普及しつつあります。この関係をいかに解すべきかが問題ですが、近時最高判平15・6・21は次の通り判示しました。
判決内容

「建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約の当事者は、従前の地代等が、土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、借地借家法11条1項の定めにるところにより、地代等の増減請求権を行使することができる。これは、長期的、継続的な借地関係では、一度約定された地代等が経済事情の変動等により不相当となることも予想されるので、公平の観点から、当事者がその変化に応じて地代等の増減を請求できるようにしたものと解するのが相当である。この規定は、地代等不増額の特約がある場合を除き、契約の条件にかかわらず、地代等増減請求権を行使できるとしているのであるから、強行法規としての実質を持つものである・・・・他方、地代等の額の決定は、本来当事者の自由な合意にゆだねられているのであるから、当事者は、将来の地代等の額をあらかじめ定める内容の特約を締結することもできるというべきである。そして、地代等改定をめぐる協議の煩わしさを避けて紛争の発生を未然に防止するため、一定の基準に基づいて将来の地代等を自動的に決定していくという地代等自動改定特約についても、基本的には同様に考えることができる。・・・・地代等自動改定特約は、その地代等改定基準が借地借家法11条1項の規定する経済事情の変動等を示す指標に基づく相当なものである場合には、その効力を認めることができる。しかし、・・・・その地代等改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情が失われることにより、同特約によって地代等の額を定めることが借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして不相当なものとなった場合には、同特約の適用を争う当事者はもはや同特約に拘束されず、これを適用して地代等改定の効果が生ずるとすることはできない。また、このような事情の下においては、当事者は、同項に基づく地代等増減請求権の行使を同特約によって妨げられるものではない。」

ご質問のケースは地代減額請求を行うことが可能と思われます。裁判手続をとられるとよいでしょう。

05.他の賃借人の飲食店経営による悪臭の発生
  • 私は、ビルの1階を借り受け、婦人服販売店を営んでいます。最近になって、地下1階に飲食店が入居し、魚の生臭い臭い等のひどい悪臭が発生し、以来、当店の三〇数名の顧客から商品が生臭いといった苦情が沢山寄せられ、売上が著しく減少しています。私の抗議を無視して何らの解決策をとろうとしないビルの賃貸人に対し、減収分の損害賠償を請求したいと思いますが、認められますか。
  • 賃貸借契約において、貸主は借主に対し、目的物を使用収益に適した状態にすべき義務を負っております。他の賃借人が受忍限度をこえる様なひどい悪臭を発生させている場合には、換気装置の改善等を積極的に行うべきでしょうし、改善が不可能な場合には、原因を作っている借主に退去してもらうといった対応をとるべきでしょう。
    類似のケースにつき、東京地判平15・1・21は次の通り判示しています。
判決内容

「以上の事実を総合して判断すると、○○の飲食店の営業活動によって、魚の生臭い臭い、煮魚ないし焼き魚の臭いが発生し、本件貸室における原告の婦人服販売業に影響を与えたことが認められる。しかし、賃貸借契約における賃貸人の義務を考えるに、賃貸人には、あらゆる臭いの発生を防止すべき義務があるというものではなく、賃貸借の目的から見て、目的物をその目的に従って使用収益する上で、社会通念上、受忍限度を逸脱する程度の悪臭が発生する場合に、これを放置し若しくは防止策を怠る場合に、初めて、賃貸人に債務不履行責任が生ずるというべきであり、悪臭発生の有無、悪臭の程度、時間、当該地域、発生する営業の種類、態様などと、悪臭による被害の態様、程度、損害の規模、被害者の営業等を総合して、賃借人として受忍すべき限度内の悪臭か否かの判断をすべきである。

本件についてみると、原告の三〇数名の顧客が、○○からの魚の臭いについて、かなりの不快感を示しており、主たる商品である婦人服等に魚の臭いが付着し、悪臭によって被害を被った事実が認められ、他方、被告側において、悪臭に関する抜本的な解決策をとらなかったことが認められる。したがって、被告は、賃借人に目的物を使用収益せしめる義務を怠ったものであるから、原告に対して債務不履行責任を負うというべきである。」

そのうえで、悪臭の発生と相当因果関係にある原告の損害を80万円と認定し、その賠償を命じました。最近、同様のトラブルが多数発生しており、解決まで長時間を要した場合には、損害額が多額にのぼることも想定されます。ビル側として注意しておかなければならない重要判例といえます。

06.通常損耗を賃借人に負担させる特約の効力
  • 住宅供給公社が昔から使用している建物賃貸借契約書の通常損耗を賃借人に負担させる内容の負担区分表の効力が否定された最高裁判決が最近出たと聞いたのですが、本当ですか。
  • 大阪府住宅供給公社から賃借して入居したところ、通常損耗も賃借人に負担させる特約ありとして、細かい負担区分表に基づき、退去の際に敷金から大巾に控除されたことの当否をめぐる係争につき、最高判平17・12・16は次の通り判示した。
判決内容

「賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。それゆえ、建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そうすると、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約・・・・が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。」

公社の定めたかなり細かい負担区分表をもってしても、「一義的に明白ではない」として通常損耗補修特約の効力が否定された。本件は、消費者契約法施行前のケースであり、施行後は消費者契約法違反の主張も可能になる。最高裁の初判断であり、実務に与える影響は大きい。既に控除されてしまったケースについても見直しを求める動きが拡がる可能性があり、大きな社会問題に発展するおそれがある。

07.使用貸借と民法第903条の特別受益
  • 兄が父親から土地をただで借りてアパート業を営んでいました。今般、父が死亡し、私が全財産を相続したのですが、兄が遺留分を主張しています。兄は、土地の使用貸借を受けたことにより特別受益を享受したと思うのですが、その評価をどう判断したらよいのでしょうか?
  • 相続人の一人が遺産である土地の上に建物を所有して無償で使用しているケースがよくみられます。遺産分割や遺留分減殺請求の裁判手続の際に、そうした使用貸借権を民法903条のいわゆる「特別受益」にあたり、相続財産に持ち戻すと考えるべきなのかどうか、仮にあたるとした場合、その評価をどう判断すべきなのかが問題になります。
判決内容

「この点に関し、東京地判平15・11・17は、子供がアパート経営するための土地を親が無償使用させていたケースにつき、かかる使用貸借契約の締結は「特別受益」にあたると判断し、その価値につき「本件土地の使用貸借権の価値は、Aの特別受益であると認められる。そして、持戻し分(贈与財産)の額の算定基準日は相続開始時とすべき(最判昭和51年3月18日民集30巻2号111頁参照)であるから、Aの持戻し分の額は前述のとおり1935万円であると認めるのが相当」であると判示しました。

本件アパートの敷地について、裁判所は、不動産鑑定士の鑑定に基づいて相続開始時の更地価格を1億2901円としたうえで、その15パーセントにあたる1935万円をもって使用貸借権価格と判断し、その分の生前贈与があったものとして認定しました。過去には、使用貸借権の価格を土地の価格の30パーセントと認定した例(東京高判平9・6・26)があります。

遺産分割の話し合いの際に、意外と見過されている点ですので注意を要します。なお、使用貸借は、権利の消滅の時期がはっきりしない権利であり、親子間、相続人間で紛争の原因となることがよくあります。土地や建物の利用権の設定は、賃貸借によるべきだと私は思います。

08.地代金を減額しないとの特約の効力
  • 借地人ですが、この数年土地価格が大巾に下落しており、地代の減額請求をしようと思います。契約書には、「地代については何があっても減額しない」と記載されております。こんな特約の効力について教えて下さい?
  • 借地借家法11条1項は、土地の賃料が、公租公課の増減により、土地の価格の上昇、低下率の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、契約当事者は賃料の増減額を請求することができると定めております。借家についても同法32条1項に同様の規定があります。
    契約当事者は、契約自由の原則により法律と異なる合意をすることも可能なわけですが、地代について何があっても減額しないとの特約がなされているケースもよく目にします。このような特約がある場合、賃借人は賃料減額請求権を行使できないことになるのでしょうか。 最高判平16・6・29は次の通り判示(要旨)しています。
判決内容

「建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約において、3年ごとに賃料の改定を行うものとし、改定後の賃料は、従前の賃料に消費者物価指数の変動率を乗じ、公租公課の増減額を加算又は控除した額をするが、消費者物価指数が下降してもそれに応じて賃料の減額をすることはない旨の特約が存する場合であっても、上記契約の当事者は、そのことにより借地借家法11条1項に基づく賃料減額請求権の行使を妨げられるものではない。」

賃料の増減額請求権に関する借地借家法、旧借地法、旧借家法の規定は強行規定であり、賃料の改定についての特約がある場合でも、増減額請求権の行使は影響を受けないわけです。このことはサブリースのケースでも同様であり、最高判平15・10・21が明言しております。

09.賃借人たる株式会社の全株式譲渡
  • 店舗を貸していますが、賃借人の会社の全株式が他社に買収されました。取締役が一新され、商号も本店所在地も変わりました。賃借権の無断譲渡を理由に契約解除したいのですが、認められますか。
  • M&Aがブームとなっている昨今、賃借人たる株式会社の全株式が買収され、それに伴い取締役、商号、本店所在地が変更されることがあります。このような変更が賃借権の譲渡に当たり、無断で行った場合、解除原因となるのではないかが問題となります。
判決内容

近時、東京地判平18・5・15は「被告は、本件建物の賃借権をAに売却等したのではなく、被告の全株式がAに買収されたことにより、商号や代表者等が変更されるこになったにすぎないものと認められるところ、賃借人である法人の構成員や機関等に変動が生じても、法人格の同一性が失われるものではない。また、原告が主張するようにAによるM&Aにより被告の法人格が形骸化し、Aの法人格と同一視されるべきに至っていると認めるに足りる証拠は見当たらない。したがって、このような状況をとらえて、賃借権の譲渡があったものと認めることは相当ではない」と判示しました。

又、このような行為が特約で禁止する「役員変更等における脱法的無断賃借権の譲渡」にあたるのではないかとの点についても、「経営実権に変更が生じた借主が本件建物を賃借することになったとしても、それは、被告の法人組織全体がM&Aを受けたことにより、結果的に生じたものにすぎず、このような一連の流れにおいても被告の脱法的な意思の存在を窺わせるに足りる証拠もない」と判示しました。全国で同種トラブルが多数発生しており、重要判例といえましょう。

10.自殺の告知義務の存続期間
  • アパート経営をしておりますが、貸室内で自殺があった場合、次の入居者に、その事実の告知をしなければならないと聞いたのですが、今後何年間にわたり告知義務があるのでしょうか。又、この部屋につき賃料を減額しなければならないのですが、その損害はどのように算出したらよいのでしょうか?
  • 貸室内で賃借人が自殺した場合、家主は次の入居者に対し自殺があったことを告知する義務を負います。この告知義務は何年間続くのか、又、家主は賃料の減額を余儀なくされ、損害が発生することとなりますが、その算定方法も問題となります。札幌地判平18・8・24は次の通り判示しました。
判決内容

「告知義務は、自殺という過去の出来事に対する嫌悪感に配慮する必要から生じるものであるところ、その嫌悪感は、時の経過と共に徐々に薄らいでいくのが一般的であると考えられ、当該建物が存する地域等において、その出来事が概ね忘れ去られた後においては、もはや配慮する必要はなく、告知義務も消滅すると考えられる。・・・本件訴訟における損害賠償の算定については、20年経過すれば本件貸室のあった地域において自殺があったことが概ね忘れ去られることを前提に、20年間は告知義務があり、その間の賃料の減額を余儀なくされるものとして、損害額を算定するのが相当である」と判示したうえで、20年を4区分し、5年ごとに減額幅を順次減少させ中間利息を控除し算出すべきとしました。

他方、仙台市の単身者用アパート内での自殺につき、東京地判平13・11・29は、2年程度を経過すると瑕疵と評することはできなくなるので、他に賃貸するにあたり、自殺があったことを告げる必要はなくなるとの見解を示しております。

不動産賃貸の実務に及ぼす影響が大きい点だけに、最高裁のすみやかな判断が待たれるところです。

11.共有物の賃貸は処分行為か管理行為か
  • 各持分3分の1の割合で3人が共有しているビルの管理を2人で行い、借主を決め契約を締結し、賃料を3等分してきました。今般、無関心だった1人が、賃貸借契約の締結は全員一致でやらなければ無効だと言い出しました。言い分は正しいのでしょうか?
  • 共有物につき、その処分や変更行為は共有者全員の同意が必要であり、管理行為は共有持分の過半数で行うことができます(民法251条、252条)。共有ビルの賃貸借契約の締結は処分行為、管理行為どちらなのでしょうか。
    東京地判平14・11・25は次の通り判示しました。
判決内容

「一般に、共有物について賃貸借契約を締結する行為は、それが民法602条の期間を超える場合には、共有者による当該目的物の使用、収益等を長期間にわたって制約することとなり、事実上共有物の処分に近い効果をもたらすから、これを有効に行うには共有者全員の合意が必要であると解されるのに対し、同条の期間を超えない場合には、処分の程度に至らず管理行為に該当するものとして、持分価格の過半数をもって決することができるというべきである。しかし、仮に契約上の存続期間が同条の期間を超えないとしても、借地借家法等が適用される賃貸借契約においては、・・・同条の期間を超える賃貸借契約と同視できると考えられる。したがって、借地借家法の適用がある賃貸借契約の締結も、原則として、共有者全員の合意なくしては有効に行い得ないというべきである。・・・共有物の変更及び処分に共有者全員の同意が必要とされるのは、これらの行為が共有者の利害関係に与える影響の重大性にかんがみ、これを過半数の持分権者によって決しうるとするのが不相当であるからと解される。

したがって、持分権の過半数によって決することが不相当といえない事情がある場合には、長期間の賃貸借契約の締結も管理行為にあたると解される。・・・本件賃貸借契約は、もともと予定されていた本件ビルの使用収益方法の範囲内にあるものということができ、・・・本件賃貸借契約を有効としても、原告の利益に反するものではない。・・・不動産の有効な活用という観点からすれば、賃借人の選定及び賃料の決定は、持分権の過半数によって決すべき事項であると考えられる。」

本件でも管理行為とみられる可能性が高く、賃貸借契約が無効となることはないと思われます。

12.管理会社の貸室立ち入りと不法行為
  • マンションの賃借人ですが、二ヶ月賃料を滞納したところ、管理会社から契約解除通知が届き、私の不在中に社員が部屋に立ち入り、扉に施錠具を取り付けしたため、部屋の使用ができなくなりました。管理会社に慰謝料請求をしたいと思いますが、認められますか?
  • 賃貸借契約書に、「賃借人が賃料を滞納した場合、賃貸人は、賃借人の承諾を得ずに本件建物に立ち入り適当な処置を取ることができる」との条項があり、又、賃借人が差し入れた文書に、「一ヶ月以上賃料及び共益費を滞納した場合、契約解除(借室一時使用中止も含む)を行う事を承諾致します」との文言があったケースで、管理会社がご質問のような対応をし、無断立ち入り・施錠を行った紛争事例があります。
判決内容

東京地判平18・5・30は、「本件特約は、AがXに対して賃料の支払や本件建物からの退去を強制するために、法的手続によらずに、Xの平穏に生活する権利を侵害することを許容することを内容とするものというべきところ、このような手段による権利の実現は、法的手続によったのでは権利の実現が不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情がある場合を除くほかは、原則として許されないというべきであって、本件特約は、そのような特別の事情があるとはいえない場合に適用されるときは、公序良俗に反して、無効であるというべきである・・・・Bの従業員による本件立入り等は、Xの本件建物において平穏に生活する権利を侵害する違法な行為というべきであり、本件立入り等は、Bの業務の執行としてされたものであるから、Bは、民法715条に基づき、本件立入り等によってXに生じた損害を賠償する責任があるというべきである。」と判示し、管理会社に慰謝料5万円の支払を命じました。深刻な違法行為を認定した割には、認定した慰謝料額があまりにも低すぎるような気がします。

13.入居者の一酸化炭素中毒死とガス事業者の責任
  • アパートオーナーですが、入居者が居室内でガスの不完全燃焼により中毒死した事故につき、事故の数ヶ月前に建物の湯沸器や排気筒の安全点検を行ない、危険性を認識していたガス事業者の賠償責任が認められた事例があると聞いたのですが、教えてください。
  • 札幌地判平17・5・13の事例があります。事故に先立つ10ヶ月前、ガス事業者は、行政指導により、集合住宅の湯沸器、排気筒からの排気漏れの無料検査を行いました。77戸中居住者の承認が得られた37戸で実施し、内36戸で排気漏れ、内20戸で湯沸器の不完全燃焼が確認され、極めて危険とのことで賃貸人や管理業者には改善を指導しましたが、居住者には知らせませんでした。不在がちのため点検が行われなかった居室の入居者が一酸化炭素中毒で死亡し、賃貸人、管理業者、ガス事業者に賠償請求が提起されました。
    ガス事業者は、ガス事業法40条の2に基づき、ガス消費機器の安全な使用のために調査する義務を負い、調査の結果、不備を発見した場合には、所有者又は占有者に対し、通知する義務を負い、また、その供給するガスによる災害が発生し、又は発生するおそれがある場合には、すみやかに措置をとる義務を負っています。
判決内容

本件では、居住者に対し、調査結果を通知しなかったことが争点となりました。

この点につき裁判所は、「(ア)ガス事業法40条の2第2項にいう「所有者又は占有者」とは、ガスの被供給者たる居住者を具体的に指すと解する余地があること、(イ)被告Aは、被告B及び被告Cが湯沸器及び排気筒の修繕を行っていないことを認識していたことからすると、被告Aは、居住者に対し、本件自主点検の結果を通知し、注意喚起を促す義務があったというべきである。さらに、(ウ)本件自主点検の結果によれば、本件マンションの湯沸器および排気筒の状況は、ガス事業法40条の2第4項に定める「その供給するガスによる災害が発生し、又は発生するおそれがある場合」に該当するとも認められる余地があることからすれば、本件において、被告Aは、被告B及び被告Cに対し、前記のとおり、本件自主点検の結果を通知し、修繕費の見積りを提出するほかは、本件事故のような一酸化炭素の発生を防ぐために何らの措置をとっていない点は、ガス事業法40条の2の各規定の求める義務を果たしていないと言わざるを得ない。」と判示し、本件事故につき、賃貸人、管理業者だけではなく、ガス事業者の賠償責任をも肯定しました。

14.建て貸しと中途解約制限条項
  • 借主の要望に従い、約3000万円をかけて建物を増改築し、期間を9年として賃貸借契約が成立しました。増改築に要した費用を回収するためには一定期間賃料収入を確保する必要があり、借主が中途解約した場合には、残余期間の賃料を保証する旨の条項を当然入れるべきだと思います。当初、借主から示された契約書案には、この条項が入っていたのに、仲介業者はこの条項の入っていない団体作成の一般的な契約書を用いて契約が成立してしまいました。3年後に、借主は中途解約条項に従い解約を主張し退去したため、その後の賃料が入らず投下資本の回収ができず、損害を被りました。仲介業者に説明義務違反があると思うのですが、いかがでしょう。
  • 宅建業者は、依頼者が拙劣、不適当な不動産取引をしないように適切な助言をすべき義務を負っています。いわゆる建て貸しの場合、貸主は投下資本の回収のため、一定期間賃料収入を確保する必要があり、中途解約の制限条項を盛り込むのが一般的です。本件では、借主から当初中途解約の制限条項の入った契約書案が提示されたにもかかわらず、仲介に入った宅建業者が、それが入っていない一般的な契約書を用いた点に問題があり、貸主を不利な立場にしてしまったわけであり、宅建業者の説明義務違反が疑われます。
判決内容

類似の事案につき、福岡地判平19.4.26は次の通り判示しました。

「被告は、原告との間で、本件建物をAに賃貸する契約を締結する仲介契約を締結したものであるから、本件賃貸借契約の重要事項について書面を交付して説明すべき義務があるところ・・・・本件のようないわゆる建て貸しにおける中途解約制限条項の重要性にかんがみれば、被告は、信義則上、A不動産から示された契約書案に含まれていた中途解約制限条項をあえて本件賃貸借契約においては外したことについて具体的に説明してその承諾を得るべき義務があったというべきであり、この具体的な説明義務を果たしたことが認められない本件においては、被告に信義則上の説明義務違反があったというべきである。」

そのうえで、依頼者(原告)の過失も考慮したうえで、賃料収入の喪失分の6割相当額について宅建業者に損害賠償を命じました。

15.借家人による土壌汚染と損害賠償
  • 私の建物を賃貸しましたが、賃借人は工場として使用し、鉛やトリクロロエチレンを流出させ土壌を汚染させました。汚染物質を除去しないまま建物を明渡ししたため、私の方で土壌調査費用及び土壌汚染対策工事費用を負担しましたが、それらを損害賠償請求したいと思います。認められますか?
  • 借家契約においては、建物だけでなくその敷地についても借家人は原状回復義務を負っています。敷地の土壌を汚染した場合には、汚染物質を除去したうえで返還しなければなりません。近時、東京地判平19・10・25は類似の事案につき次の通り判示しました。
判決内容

「被告が本件建物において汚染物質と同じトリクロロエチレン及び鉛を使用していたこと、被告以外の賃借人がトリクロロエチレンを使用せず、鉛も日常的に使っていなかったこと・・・本件建物のコンクリートにひび割れが生じていた可能性が認められること、被告の作業場所と汚染物質が検出された場所に近接性が認められること、被告による汚染以外の汚染原因を認めるに足りる証拠がないこと、類似の事案で土壌汚染を生じさせた事例があること等の事案を総合的に判断すれば、本件土壌汚染が被告の作業の際に使用したトリクロロエチレン及び鉛がコンクリートを浸透して地下に到達したために生じた事実を優に認定することができるのであり、これを覆すに足りる証拠は認められない。・・・以上の通りであって、本件土壌汚染は、被告の溶射作業(トリクロロエチレン及び鉛の使用)が原因で発生したものと認められる。そして、賃借人は、建物の賃貸借においては、敷地である土地についても、これを原状に復した上で返還する義務を負っているのであり、被告は、本件土地について汚染物質を取り除き原状に復した上で原告に返還しなければならず、土壌汚染を除去しないまま本件及び本件土地を返還した被告は、債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。」

そのうえで、借家人に対し土壌調査費用及び土壌汚染対策工事費用合計金2163万円の賠償を命じました。先例の少ない事案ですが、同様の紛争が多発しており、重要な判決といえます。

16.鉄道高架橋下の土地賃貸借契約の性質
  • 鉄道事業を営む会社から鉄道高架橋下にある土地を借り受け、建物を建て利用しています。期間を3年とされ、満了日毎に1年ずつ更新されてきました。今回、高架橋の耐震補強工事の必要があるので土地の明渡しを求められました。このような契約の場合、借地法の適用はないのでしょうか。
  • 鉄道高架橋下の土地の賃貸借に、借地法、借地借家法が適用されるかどうかについては見解が分かれており、判例においては、近時否定例が多くなっております(東京高判平10.3.11、東京地判平17.4.15)。東京地判平19.9.28も次の通り判示し、否定の立場を明らかにしました。
判決内容

「上記認定の本件土地の物理的ないし客観的状況、すなわち、本件土地の上空数メートルの地点には鉄道高架橋があり、本件土地の上には鉄道高架橋の柱が2本あり、その地中には鉄道高架橋を支える基礎があることに照らせば、本件土地は、その地表、上空、地中を自由に使用できる状況にはなく、必然的に、賃貸借等に供することができる部分は、本件土地の地表並びにその地表と鉄道高架橋及び柱に囲まれた空間に限定されることになる。また、本件土地の上にある鉄道高架橋を公共性の高い鉄道が走っていることに照らせば、上記部分の使用に際しては、必然的に、その鉄道事業に支障が生じないようにしなければならない制約が伴うことになる。そして、上記のような賃貸借等に供することができる部分の限定及びその使用に際しての制約がある中で、原告と亡Aとの間で締結された本件契約の契約書においても、賃貸借の目的物は本件土地そのものではなく、「高架橋設備」とされ、賃貸借期間は3年間(以後は1年ごとの更新)とされ、賃借人が設置できるのは造作(私設物件)とされている上、一般的な土地の賃貸借契約においてはみられない種々の制約が定められていることに照らせば、本件契約は、建物所有目的の土地の賃貸借契約とは異なった特殊な契約であり、借地法は適用されないというべきである。」

首都圏を中心に、耐震補強工事の必要性から、土地明渡しを求める事案が多発することが予想されます。判例は土地明渡しを肯定する方向に定着しつつあるといえます。

17.借地権設定者の優先譲り受け申立の許否
  • 私の土地と隣接地にまたがって建築されている借地上の建物が第三者に競落され、賃借権の譲渡の承諾を求められましたが拒絶したところ、借地借家法20条1項による承諾に代わる許可を求める申立がなされました。私としては、同条2項による私への優先譲受けの申立てをしようと思いますが、認められますか。
  • 借地借家法第19条3項、20条2項は賃借権の譲渡が問題となった際に、賃借権の目的とされた土地の範囲内にある建物を借地権設定者に自ら設定した賃借権の負担を消滅させる機会を与えることが公平の観点から適当であるとの趣旨から設けられたものです。問題は、二つの土地にまたがって建っている建物の場合、裁判所が一方の賃借権設定者に優先的譲受けの申立を認めたとしたら、賃借権の目的外の土地上の建物部分の譲渡をも命ずることになるのであるから、裁判所に付与された権限を越えることになってしまうのではないかとの疑問です。
判決内容

近時、最高裁(平19.12.4)は、この点につき、次の通り判示しました。

「賃借権の目的である土地と他の土地とにまたがって建築されている建物を競売により取得した第三者が、借地借家法20条1項に基づき、賃借権の譲渡の承諾に代わる許可を求める旨の申立てをした場合において、借地権設定者が、同条2項、同法19条3項に基づき、自ら当該建物及び賃借権の譲渡を受ける旨の申立てをすることは許されないものと解するのが相当である。なぜなら、裁判所は、法律上、賃借権及びその目的である土地上の建物を借地権設定者へ譲渡することを命ずる権限を付与されているが(同法20条2項、19条3項)、賃借権の目的外の土地上の建物部分やその敷地の利用権を譲渡することを命ずる権限など、それ以外の権限は付与されていないので、借地権設定者の上記申立ては、裁判所に権限のない事項を命ずることを求めるものといわざるを得ないからである。」

二つの土地にまたがって建っている建物を第三者に譲渡する際の借地借家法19条1項の申立の場合も同趣旨を判示、この論点に終止符がうたれました。

18.公道上の看板の設置禁止請求
  • ビル所有者ですが、賃借人が店舗前の公道上に無断で看板を設置し、ビルの電源を無断使用しており、他の賃借人から苦情がきております。契約書には「他の入居者の営業に支障を及ぼすような広告、装飾等をしてはならず、違反するときは貸主が撤去させることができる」との特約があります。公道上の看板の設置の禁止を求めることは可能でしょうか?
  • 賃借人が共用部分に無断で看板を置いた場合、貸主から設置禁止請求ができることは明らかですが、店舗前の公道上の場合はどうなのでしょうか。公道の管理者たる役所がやるしかないのでしょうか。
    この点につき東京地判平18・6・9は次の通り判示しました。
判決内容

「本件置き看板は、公道上に設置され、中央区からその設置自体について道路不適正使用として是正を求められ、本件ビルの電源を原告に無断で使用しているのである。しかも、本件看板等が設置されている場所は、被告が賃借している部分ではないのである。・・・中央区役所が本件置き看板の道路不適正使用是正の協力依頼をしており、本件置き看板の設置道路の不適正使用に該当することは明らかであること、また、本件ビルの電源を無断使用することで、本件ビル全体の電気系統に支障が出るおそれがあることからすれば、本件置き看板の設置も、「他の入居者の営業に支障を及ぼすような」ものであるということができる。・・・被告は、自己の賃借部分の範囲外である共用部分や公道上に看板を設置することを請求することができる賃貸借契約上の権利を有しているものではなく、そのような場所への看板等の設置は、本件賃貸借契約第9条「他の入居者の営業に支障を及ぼすような」広告等に該当するものである。したがって、原告の不作為請求は理由があるというべきである。」

結局、賃貸借契約の特約に基づく請求が認められました。契約締結に際しての正確な特約記載の重要性が再確認されたわけです。

19.賃借人のアスベスト被害と家主の責任
  • アスベスト吹き付け材が施工されている古ビルを賃貸しておりますが、古くからの賃借人がアスベストによる悪性細胞中皮腫に罹患し死亡したような場合、家主に責任が及ぶことがあるのでしょうか。
  • 鉄道の高架下の商業用店舗で、鉄道が通るたびに振動が生じ、アスベスト吹き付け材が飛散したと思われるケースで、長期間にわたり賃借していた人が悪性細胞中皮腫に罹患し死亡した事件の判決がでました(大阪地裁平21・8・31)。
判決内容

判決は、家主が民法717条1項の占有者にあたることを認め、土地工作物責任に基づく損害賠償責任を認めました。

「工作物に設置、保存上の瑕疵がある場合とは、工作物が、その種類に応じて通常有すべき安全性を欠いている場合をいうと解するのが相当である。そして、人が利用する建物は、その性質上これを利用する者にとって絶対安全でなければならず、人の生命、身体に害を及ぼさないことが当然前提となっているものというべきところ、本件建物は、鉄道の高架下に存在する商業用店舗であり・・・本件建物内で営業を行う者の生命、身体に害を及ぼさない安全な性状のものであることが予定されていたといえる。・・・昭和45年ころには、人の生命、健康に対するアスベストの危険性、有害性について、一般的に認識されていたものと評価できる。ところが、本件建物は、本件2階倉庫の壁面部分に、人がそれを吸入することにより中皮腫等の石綿関連疾患を引き起こす原因物質であり、アスベストの中でもとりわけ発がん性などの有害性が強いクロシドライトを一定量含有する吹き付け材が露出した状態で施工されており・・・しかも、頻繁に電車が往来する鉄道の高架下にあって、鉄道が通るたびに相応の振動が生じることにより、上記吹き付け材が飛散しやすい状態にあった・・・のであるから、本件建物は、それを利用する者にとって、アスベスト吹き付け材から発生した粉じんの暴露、吸入により、生命、健康が害され得る危険性があったといえる。そうすると、本件賃貸借契約開始時である昭和45年3月の時点以降、本件建物には、設置、保存上の瑕疵があったものと認めるのが相当である。」

家主は、吹き付けアスベスト材から生じる危険性について無関心であってはいけません。早急に飛散防止措置をとる必要があります。お気をつけ下さい。

20.賃借人の損害回避義務、損害軽減義務
  • 老朽化したビルの地下1階でカラオケ店を営んでおりますが、汚水が大量に出水し営業ができなくなりました。家主は修繕費用が多額にかかることを理由に修繕要求に応じず、老朽化を理由に契約解除を通告してきました。私はビルを出る気はありませんし、営業利益を喪失したことによる今後長期間にわたる損害を請求したいと思うのですが認められますか。
  • 事業用店舗の賃借人が、家主の債務不履行により店舗で営業することができなくなった場合、賃借人に生じた営業利益喪失の損害は、民法416条1項にいう通常生ずべき損害にあたるので、家主にその賠償請求を求めることができます。一方、家主の債務不履行に基づいて賃借人が損害賠償を請求する場合において、賃借人が損害回避義務または損害軽減義務を負っていると解されています。
判決内容

ご質問類似の事案につき、浸水事故から4年半あまりにわたる得べかりし営業利益喪失の損害賠償が問題となったケースで、これを認容した原審判決をくつがえし、最判平21・1・19は次の通り判示しました。

「そうすると、遅くとも、本件本訴が提起された時点においては、被上告人がカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を何ら執ることなく、本件店舗部分における営業利益相当の損害が発生するにまかせて、その損害のすべてについての賠償を上告人らに請求することは、条理上認められないというべきであり、民法416条1項にいう通常生ずべき損害の解釈上、本件において、被上告人が上記措置を執ることができたと解される時期以降における上記営業利益相当の損害のすべてについてその賠償を上告人らに請求することはできないというべきである。」

老朽化したビルで、賃借人が長期にわたり継続しえたとは考え難いこと、家主が解除の意思表示をしていることからして、店舗の営業再開は実現可能性が乏しいものとなっていたこと、カラオケ店の営業は、他の場所で行うことが可能であり、カラオケセットの損傷については保険金が支払われていたことなどが考慮されました。

ご質問のケースにおいても、長期間にわたり営業利益喪失の損害賠償が認められるわけではありませんので、注意してください。

21.定期建物賃貸借契約に於る中途解約時の保証金没収条項の効力
  • 企業同士で期間10年の定期建物賃貸借契約を締結し、保証金2億円、賃料月額2100万円で取り決めました。賃借人のやむを得ない事由により中途解約する場合は、保証金は違約金として全額返還されないとの定めがあります。このような定めは有効でしょうか。
  • 定期建物賃貸借契約の場合、期間内は原則として中途解約できない、賃借人のやむを得ない事由により中途解約する場合には、保証金は違約金として全額返還されないと定めるケースが多く、このような特約の有効性が問題となります。当然のことながら、保証金の金額がポイントとなります。
判決内容

近時、東京地判平20・8・28は、類似の事案につき、次の通り判示しました。「本件賃貸借契約は、10年間の定期建物賃貸借契約であり、原則として中途解約ができない旨を定めているから、・・・賃貸人及び賃借人は、原則として10年間の契約期間満了まで賃貸借契約を継続し、賃借人は賃料収入を得ることを、賃借人は本件建物を使用収益することができることを、それぞれ期待していたと解される。他方、本件賃貸借契約においては、本件違約金条項のほか、「賃借人の債務不履行、破産申立等を理由に賃貸人が解除する場合」・・・等、賃借人側の事情により期間中に契約が終了した場合には、「保証金は違約金として全額返還しない」旨が定められている。・・・以上からして、本件違約金条項は、賃借人側の事情により期間中に契約が終了した場合に、新たな賃借人に賃貸するまでの損害等を賃借人が預託した保証金によって担保する趣旨で定められたものと解するのが相当である。・・・賃貸借契約の締結に付随して、このような定めを合意することは原則として当事者の自由であり、破産会社も本件違約金条項の存在を前提として自由な意志に基づき本件賃貸借契約を締結している。・・・そして、保証金2億円は、賃料の約9か月半分に相当するところ、・・・賃貸人及び賃借人は、本件賃貸借契約を10年間継続し、賃貸人は賃料収入を得ることを期待していたことに照らせば、その金額が、違約金(損害賠償額の予約)として過大であるとはいえない。」

結局、本件違約金条項は有効とされました。企業同士の定期建物賃貸借契約の場合、こうした特約を有効とすべき要請は高いものがあり、実務上重要な判例といえます。

22.定期建物賃貸借契約の期間満了後に行った契約終了通知の効力
  • 期間3年間の定期建物賃貸借契約を締結しましたが、期間満了に気付かず、3ヶ月経ってから借地借家法38条4項の通知を出し、6ヶ月後に明渡してくれるよう求めました。ところが、借家人は期間満了と同時に普通建物賃貸借契約に切り替わったので応じられないと回答してきました。当方の主張は通らないのでしょうか。
  • 契約期間1年以上の定期建物賃貸借においては、貸主は期間満了の1年前から6ヶ月前までの通知期間内に借主に対して期間満了による終了通知をしなければ借主に対抗できません。但し、貸主が、通知期間経過後、借主に同旨の通知をした場合、その通知の日から6ヶ月経過した後はこの限りではないと定めております(借地借家法38条4項)。契約期間も満了してしまった後に終了通知をした場合の法的効力については争いがあり、通知から6ヶ月後に契約終了を借主に対抗できるとする説と、期間満了後は、普通契約賃貸借契約が締結されたものと推定すべきとする説に分かれます。
    近時、東京地判平21・3・19は、次の通り判示しました。
判決内容

定期建物賃貸借契約は期間満了によって確定的に終了し、賃借人は本来の占有権原を失うのであり、このことは、契約終了通知が義務づけられていない契約期間1年未満のものと、これが義務づけられた契約期間1年以上のものとで異なるものではないし、後者について終了通知がされたか否かによって異なるものでもない・・・ただし、契約期間1年以上のものについては、賃借人に終了通知がされてから6ヶ月後までは、賃貸人は賃借人に対して定期建物賃貸借契約の終了を対抗することができないため、賃借人は明渡しを猶予されるのであり、このことは、契約終了通知が期間満了前にされた場合と期間満了後にされた場合とで異なるものではない、以上のように解するのが相当である。」

間満了に気づかないケースが意外と多いようです。一つの指針が示されたわけですが、異なった判例が出る余地も残されているように思います。

23.借地の無断転貸と特段の事情
  • 借地上の建物を取り壊して新築した際に、建物を10分の1を私、10分の2を妻、10分の7を子の共有することの承諾を地主から得ていましたが、実際には妻10分の3、子10分の7で登記してしまいました。又、子供がその妻と協議離婚した際に、その持分を財産分与として妻に譲渡し、私も了解しました。借地の利用状況には変化は生じてないのですが、最近、地主がこれらの事情を知り、無断転貸だと指摘してきました。契約解除されてしまうのでしょうか。
  • 賃貸人の承諾を得ないで賃借権の譲渡又は転貸が行われた場合であっても、それが賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情のあるときは、賃貸人が民法612条2項に基づいて賃貸借契約を解除することはできません。
    設問類似の事案につき、最判平21・11・27は次の通り判示(要旨)しました。
判決内容

「1賃借人が、借地上の建物を建て替えるに当たり、賃貸人から得た承諾とは異なる持分割合で新築建物を他の者らの共有とすることを容認し、これに伴い共有者の1人において上記承諾を超える持分を取得した限度で借地を無断転貸したとしても、次の(1)~(3)など判示の事情の下においては、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるというべきである。
(1)新築建物の共有者は、賃借人の妻及び子であって、建て替えの前後を通じて借地上の建物において賃借人と同居しており、上記転貸により借地の利用状況に変化は生じていない。
(2)賃貸人は、賃借人の持分を10分の1、子の持分を10分の7、妻の持分を10分の2として建物を建て替えることを承諾しており、上記転貸については、賃借人の持分とされるはずであった10分の1の持分が妻の持分とされたことに伴う限度で賃借人の承諾がなかったにとどまる。
(3)賃貸人は、賃借人が新築建物の持分を取得することにつき重大な関心を有していなかった。
2賃借人が、借地上の建物の共有者がその持分を他の者に譲渡することを容認し、これに伴い借地を無断転貸したとしても、次の(1)~(3)の事情の下においては、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるというべきである。
(1)上記の持分譲渡は、賃借人の子からその妻に対し、離婚に伴う財産分与として行われたものである。
(2)賃借人の子の妻は、離婚前から借地上の建物において賃借人と同居しており、賃借人の子が上記建物から退去したほかは、上記転貸により借地の利用状況に変化は生じていない。
(3)賃貸人は、上記転貸により不利益を全く被っていない。」

24.借地上の建物の暴力団事務所使用と土地の用法遵守義務違反
  • A市所有地を建物所有目的でBに賃貸し、Bが建物を築造しましたが、Bはこの建物をCの暴力団事務所として使用させ、Cは建物内外に鉄板を打ちつけ、監視カメラやサーチライトを設置し建物を改造しました。A市としては、Bとの土地賃貸借契約を解除したいと思うのですが、認められますか。
  • 地方自治体には公有財産を使用させるにあたり、住民の福祉の増進という行政上の責務があるはずです。市有地上の建物を暴力団事務所として使用させることが、土地の用法遵守義務に違反するといえるかどうかの問題です。
    近時、大阪地判平22・4・26は、次の通り判示しました。
判決内容

「原告には、公有財産である市有地を第三者に賃貸するに際し、住民の福祉の増進という目的に適う内容の契約を締結すべき行政上の責務が存する。そうすると本件土地の賃借人が、上記目的を阻害する態様で本件土地を使用することは、賃貸人である原告との信頼関係を大きく裏切る行為であるといえる。・・・暴力団事務所は、暴力団活動の拠点である。特に、暴力団事務所が他の暴力団組織からの攻撃目標、とりわけ銃器による攻撃目標となるときは、近隣住民に極めて大きな不安を与えることになる。このような土地の使用方法は、住民の福祉の増進に努める責務を負う原告にとって到底容認できない。・・・被告Cは、本件建物の窓に鉄板を打ち付け、監視カメラ、サーチライト等を設置した。これらの改造行為は、外敵からの襲撃に対する防御等を主要な目的とし、暴力団同士の抗争等の事態を念頭に、暴力団事務所としての防御的機能を果たすことを意図したものである。被告Cのこのような行為は、違法活動の機能的中枢としての役割を有する暴力団事務所の用途に合わせたもので、本件建物の本来的機能を減殺する。賃借人による土地の使用収益権として保護すべき性質の行為とはいえない。また、地方公共団体である原告が、本件土地上の建物が暴力団事務所としての用途に合わせて改造されることを容認していたとはおよそ考えられない。・・・被告Bが被告Cに本件建物を暴力団事務所として使用させた行為は、本件賃貸借契約上の用法遵守義務等に違反することは明らかである。そして、その行為は、賃貸借契約当事者相互の信頼関係を裏切って賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為であるといえる。」

結局、契約解除が認められました。同種事案の参考になる判断だと思います。

25.無断転借人の自殺と賃借人の賠償責任
  • 賃貸マンションの一室で借主が無断転貸していた人物が自殺しました。賃借人との契約を合意解除しましたが、賃借人の善管注意義務違反として、今後、予想される賃料収入の減少分を損害賠償請求したいのですが何年分が認められますか。
  • 建物賃貸借において、賃借人の負う善管注意義務には、転貸等による居住者が賃借物件内において自殺をしないように配慮することも含まれるのかどうか。家主は当該貸室の賃借希望者に自殺について告知すべき義務があるのかどうか。賃料減収による損害を何年分、いかなる減額幅で算出したらいいのかが問題となります。
判決内容

近時、東京地判平22・9・2は、「無断転貸等を伴う建物賃貸借においては、その内容として、目的物を物理的に損傷等することのないようにすべきことにとどまらず、居住者が当該物件内部において自殺しないように配慮することもその内容に含まれるものと見るのが相当である」とし「本件物件を賃貸するに当たっては、宅地建物取引業法により、宅地建物取引業者は賃借希望者に対し転借人Aの自殺という事情の存在を告知すべき義務を負うと見られる。そうである以上、告知の結果本件物件を第三者に賃貸し得ないことによる賃料相当額、及び賃貸し得たとしても、本来であれば設定し得たであろう賃料額と実際に設定された賃料額との差額相当額も、逸失利益として、被告Bの上記債務不履行と相当因果関係のある損害ということができる。」との判断を示しました。そのうえで、本物件の立地等を考慮し、賃貸物件としての流動性が比較的高い地域であることを認定したうえで、「賃貸不能期間を一年とし、また、本件物件において通常であれば設定されるであろう賃貸借期間の一単位である二年を低額な賃料(本件賃貸借の賃料の半額)でなければ賃貸し得ない期間と捉えるのが相当と考える。また、将来得べかりし賃料収入の喪失ないし減少を逸失利益と捉える以上、中間利息の控除も必要というべきである。」との判断を示しました。同種事案の参考になる判例といえます。

26.更新料と消費者契約法10条
  • 入居しているアパートでは、1年契約なのですが、更新するときは法定更新であるか合意更新であるかにかかわりなく1年経過するごとに更新料として賃料の2ケ月分を支払わなければならないと定められています。このような定めは消費者契約法10条に違反すると思うのですが、いかがでしょう。
  • 消費者契約法10条は、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効であるとしています。更新料についてのこれまでの下級審の判断は分かれており、更新料特約は対価性が乏しい給付であるとして、消費者契約法10条に反し、無効とする判決と、更新料の賃料の補充ないし前払として有効であるとする判決がありました。
    近時、最判平23・7・15は、次の通り判示し、原則有効との見解を明らかにしました。
判決内容

「更新料条項についてみると、更新料が、一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有することは、前記?に説示したとおりであり、更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない。また、一定の地域において、期間満了の際、賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや、従前、裁判上の和解手続等においても、更新料条項は公序良俗に反するなどとして、これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると、更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され、賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に、賃借人と賃貸人との間に、更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について、看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。そうすると、賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。」

本最高裁判決は、これまで、更新料特約と同様に、消費者契約法10条の問題とされていた、他の特約の有効性についても影響を及ぼす可能性があります。今後の下級審の判例の動向に注意する必要があります。

27.敷引特約と消費者契約法10条
  • マンションを居住用で賃料月9万6千円で賃借しました。保証金として金40万円を預託しましたが、契約書には、明渡時には家主は保証金のうち経過年数に応じて敷引分を控除し、賃借人に返還すると記載されています。例えば、1年未満控除額18万円、2年未満控除額21万円、3年未満控除額24万円となっています。このような特約は、消費者契約法10条に反し、無効だと思うのですがどうでしょう。
  • 敷引特約は関西地方を中心に多く見られる商慣習であり、建物の賃貸借契約において、敷金ないし保証金名下に賃借人から賃貸人に差し入れられた金員のうち一定額ないし一定割合を控除してこれを賃貸人が取得し、建物明渡し後に残額を賃借人に返還する旨の特約のことをいいます。こうした特約が消費者契約法10条に違反するのではないかとの学説、下級審判例が多くみられるのですが、最判平23・7・12は、次の通り判示しました。
判決内容

「賃貸借契約に敷引特約が付され、賃貸人が取得することになる金員(いわゆる敷引金)の額について契約書に明示されている場合には、賃借人は、賃料の額に加え、敷引金の額についても明確に認識した上で契約を締結するのであって、賃借人の負担については明確に合意されている。そして、通常損耗等の補修費用は、賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても、これに充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には、その反面において、上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当であって、敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということはできない。また、上記補修費用に充てるために賃貸人が取得する金員を具体的な一定の額とすることは、通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止するといった観点から、あながち不合理なものとはいえず、敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない。・・・敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。」

そのうえで、ご質問のようなケースの敷引金は高額にすぎると評価することはできず、消費者契約法10条により無効であるとはいえないと判示しました。

28.借地権消滅のおそれのある場合の通知義務
  • 不動産賃貸業者ですが、土地を賃貸し、賃借人がこれを転貸し、転借人が地上建物を保有しています。この建物に根抵当権を設定した銀行から、「地代不払など借地権の消滅を来すおそれのある事実が生じた場合には、賃貸人及び転貸人が根抵当権者に通知し、借地権の保全に努める」との念書を求められ、差し入れました。対価の支払は受けておりません。銀行に通知をしないで、地代不払により契約解除し、建物収去にいたったような場合、銀行から損害賠償請求を受けることになるのでしょうか。
  • 本件のような念書の授受が行われるケースが多いのですが、これは融資先が地代不払の場合、銀行が賃料を第三者弁済(民法474条)することにより、借地契約が解除されることを回避するためのものです。貸主側としては、対価の支払を受けたわけではなく、銀行がこうした念書により貸主側に損害賠償請求をするのは信義則に反するといった主張をしたいところです。
    近時、最判平22・9・9は、類似の事案につき次の通り判示しました。
判決内容

「上告人らは、本件念書を差し入れるに当たり、本件事前通知条項が、上告会社においてA社の地代不払を理由に本件転貸借契約を解除する場合には、上記の地代不払が生じている事実を遅くとも解除の前までに被上告人に通知する義務を負うとの趣旨の条項であることを理解していたものといわざるを得ない。そうすると、上告人らは、本件念書を差し入れることによって、上記の義務を負う旨を合意したものであり、その不履行により被上告人に損害が生じたときは、損害賠償を請求することが信義則に反すると認められる場合は別として、これを賠償する責任を負うというべきである。このことは、上告人らが、本件念書の内容、効力等につき被上告人から直接説明を受けておらず、本件念書を差し入れるに当たり被上告人から対価の支払を受けていなかったなどの事情があっても、異ならない。」

賠償額については、銀行の被った損害額から過失相殺により8割を減額した金額とされました。貸主側でこうした念書を差し入れたことを失念してしまっているケースもみられます。写をとっておくなど文書管理をしっかりとされ、思わぬ損害賠償を受けることがないよう注意して下さい。

29.定期建物賃貸借の説明書面の交付
  • 定期建物賃貸借契約を公正証書で締結しました。公正証書には、説明書面の交付があったことを確認する条項があり、公証人も借家人に更新がないこと等を説明しました。実際には、説明書面の交付は行なわれなかったのですが、定期建物賃貸借契約の効力には影響がないと思うのですが、いかがでしょう。
  • 定期建物賃貸借契約の成立には、契約書の作成が必須とされ、契約の更新がなく期間満了により終了することについて説明書面を交付して説明することが求められており(法38条2項)、これがない場合には定期建物賃貸借としての効力が認められません(法38条3項)。説明書面は契約書と別個のものであることを要するのか否かが問題となります。
    公正証書に説明書面の交付があったことを確認する条項があるケースにおいて、東京高裁平20・9・25は、説明書面の交付があったと推認するのが相当であると判示しましたが、最判平22・7・16が次の通り判示し、これに待ったをかけました。
判決内容

「記録によれば、現実に説明書面の交付があったことをうかがわせる証拠は、本件公正証書以外、何ら提出されていないし、被上告人は、本件賃貸借の締結に先立ち説明書面の交付があったことについて、具体的な主張をせず、単に、上告人において、本件賃貸借の締結時に、本件賃貸借が定期建物賃貸借であり、契約の更新がなく、期間の満了により終了することにつき説明を受け、また、本件公正証書作成時にも、公証人から本件公正証書を読み聞かされ、本件公正証書を閲覧することによって、上記と同様の説明を受けているから、法38条2項所定の説明義務は履行されたといえる旨の主張をするにとどまる。これらの事情に照らすと、被上告人は、本件賃貸借の締結に先立ち説明書面の交付があったことにつき主張立証をしていないに等しく、それにもかかわらず、単に、本件公正証書に上記条項があり、上告人において本件公正証書の内容を承認していることのみから、法38条2項において賃貸借契約の締結に先立ち契約書とは別に交付するものとされている説明書面の交付があったとした原審の認定は、経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。」

定期建物賃貸借契約に関する様々な問題点が指摘されていますが、最高裁の初の判断になります。

30.高齢者用介護サービス付賃貸マンションの入居金償却特約と消費者契約法
  • 「医師、看護師が昼夜の異変に即対応」とのサービスをうたっている高齢者用介護サービス付賃貸マンションに、5年間で償却するとの約定で600万円の入居金を支払って母を入居させました。ところが、医師の休診日が週に2日もあり、夜間は不在であり、パンフレットとは程遠い実情にあります。このような状況のなかで、入居一時金を5年で償却するとの特約は、無効ではないのでしょうか。
  • 高齢者向けの介護サービス付の賃貸住宅が急増しており、入居金の返還をめぐるトラブルも急拡大しています。介護付有料老人ホームの入居契約の入居一時金を償却する特約につき、消費者契約法10条に違反するのではないかとの疑問があります。ケースバイケースとなりますが、消費者契約法に違反しないとの判例(東京地判平22・9・28、東京地判平21・5・19)もありますが、設問類似の事案につき、大阪高判平22・8・31は、次の通り消費者契約法10条違反で無効と判示しております。
判決内容

「本件償却特約は、)①本件居室への入居を可能ならしめた対価の客観的価額がほとんどなく、②実際にAが本件居室で受けた対価未払のサービスが皆無に近いのに、Bが、重大な病気を抱えた高齢者であるAの健康上の弱みにつけこみ、AないしCに対し、医師及び看護師から24時間対応の医療サービスを受けることができる、という虚偽の事実を告げて、Cに本件入居金600万円を払い込ませ、1年毎に120万円ずつを取得するものであるから(しかも、Bは、1年未満の期間は1年とみなす趣旨であると主張している。)、本件償却特約は、民法の一般規定による場合に比して消費者であるCの権利を制限する条項であり、民法1条2項に規定する基本原則(信義誠実の原則)に反してCの利益を一方的に害するものというべきである。よって、本件償却特約は、消費者契約法10条により無効と認めるのが相当である。」

31.礼金特約と消費者契約法
  • 私は、賃貸借期間を1年とする賃貸借契約と締結し、礼金特約に基づき、礼金として12万円を家主に支払いました。しかし、契約から1か月と8日後に解約して退去しました。支払った礼金の返還を求めたいのですが認められますか。
  • 建物賃貸借契約での礼金の支払義務を定める条項は消費者契約法10条により無効であるとの見解があります。一方、礼金特約は従来から慣行として定着しており、合理性を有するとの見解もあります。中途解約の場合、返還義務の有無をめぐって争いとなります。
    今般、大阪簡判平23・3・18は、設問類似の事案につき、次の通り判示し、一部無効との判断を示しました。
判決内容

「礼金に前払賃料としての期間対応性を持たせなければ実質賃料の支払としての合理性がなくなるのであるから、予定した期間が経過する前に退去した場合は、建物未使用期間に対応する前払賃料を返還するべきであるという結論になるのは当然のことである。本件賃貸借契約締結の際の当事者間の合意としては、礼金として支払われた金員は返還を予定していないということであると推認される。しかし、そのような合意は、契約期間経過前退去の場合に前払分賃料相当額が返還されないとする部分について消費者の利益を一方的に害するものとして一部無効である(消費者契約法10条)というべきである。Aは、契約期間1年の賃貸借契約で、1か月と8日間しか本件建物を使用せずに退去している。したがって、8日間分を1か月と換算したとしても、前払賃料として礼金12万円から控除できるのは1万円×2か月分=2万円ということになる。そして、礼金の授受については、一次的な性質は実質賃料の前払であるが、副次的には賃借権設定の対価や契約締結の謝礼という趣旨も含まれていること等の事情をも合わせて総合考慮すると、本件の場合、Bが礼金から控除することのできる金額は3万円とするのが相当であり、差額の9万円はAに返還すべきである。」

同様のトラブルが多く、実務上、重要な判例といえます。

32.自殺と部屋の内装造作取替費用
  • 賃貸住宅の浴室で、借主がリストカットし、自殺しました。私としては、賃料の逸失利益に加え、ユニットバスの交換、浴室以外の部屋のクロスの張替やエアコンの交換費用を相続人に請求したいと思いますが、認められますか。
  • 自殺事故の場合、賃料の逸失利益については、3年ないし4年の逸失分を認定する事例が増えておりますが、内装造作取替工事に関しては、自殺と関係あるものに限定して損害と認定する傾向にあります。本件では、浴室以外の工事と自殺との関連性が争点となります。取替えを認めた場合、経年減価すべきか否かも争点となります。
    近時、東京地判平22・12・6はこうした争点につき、次の通り判示しました。
判決内容

「見積書の内容をみるに、本件自殺が行われた浴室以外の部屋に係る補償費用やエアコンの交換に係る費用が含まれており、それらは本件自殺とは無関係のものであり、また、クロスの貼替費用などは通常損耗によるものと考えられるから、損害と認めることはできない。そうすると、本件自殺と関係が認められるのは、本件自殺が行われたユニットバスの交換費用のみである。AはBの兄によって洗浄したから損害はないと主張するが、いかに洗浄しようともそれに対する強い社会的嫌悪感をぬぐうことは困難であると認められる。そして、証拠によれば、その額は55万6500円及び消費税2万7825円と認められ、これに反する証拠はない。そして、この費用はいわば本件貸室の修繕費用であるから、これをさらに経年減価するのは相当ではない。したがって、58万4325円をもって、内装造作取替費用に係る損害とみるのが相当である。」

同種事案の解決の先例となる重要な判例といえます。

33.コバエの発生と家主の債務不履行
  • ビルの地下1階部分を借り受けコールセンター事務所として使用してきました。ところが、頻繁にコバエが発生するようになり、薬剤で駆除してきましたが、事務に集中できなかったり、来客に不快感を与えるようになったためやむなく契約解除し、明け渡しました。家主に損害賠償を求めたいのですが、認められますか。
  • 賃貸人は、物を使用収益させる債務を負い(民法601条)、賃貸借の継続中、目的物を通常の使用収益に適するような状態におかねばなりません。これらの義務を負った場合、債務不履行と相当の因果関係に立つ損害の賠償義務を負うことになります。
    近時、東京地判平24・6・26は、類似の事案につき、次の通り判示しました。
判決内容

「本件賃貸借契約は、本件建物を事務室として使用する目的で締結されたものであり、原告は本件建物をコールセンター事務所として使用していたのであるから、賃貸人である被告は、その賃貸目的に従った使用ができるよう本件建物を維持、管理する本件賃貸借契約上の義務がある。ところが、・・・本件建物では一定期間コバエが発生し、その主たる原因も本件建物の本件汚水槽の機能や構造にあったと認められるところ、証拠・・・によれば、そのコバエの発生期間中、従業員が不快感を持つとともに、事務に集中できないなどの支障も生じたほか、コバエ対策のため総務担当の事務員がゴミの処理について従業員に注意を促す広報に従事するなど余分な事務が増え、さらには、外部からのコバエの侵入を防ぐ趣旨で窓を開けられないとか、外部から来た客の不快感に苦慮するなど、本件賃貸借契約の目的に沿った原告の利用が一定程度妨げられる事態が生じていたことが認められるのであるから、本件賃貸借契約上の債務に不履行があったというほかない。」
そのうえで、コバエ発生の調査費用157万5000円、従業員の労務時間の増加や派遣費用の増加による損害につき民訴法248条により250万円を認定、無形の損害(慰謝料)として200万円、合計607万5000円につき損害賠償すべきであると判示しました。同種事案の先例として価値のある判断といえるでしょう。

34.建築協力金償還金と賃料の一部を相殺する旨の合意の効力
  • 当社は、建物の所有権と底地の借地権を有するAとの間で、土地建物の賃貸借契約を締結しました。その際に授受された建築協力金につき、賃貸借期間20年間の分割(月賦)で償還する旨が合意され、償還金と賃料の一部とを対当額で相殺する旨の相殺契約が定められました。
    今般、建物の所有権がBに移り、賃貸人の地位が移ったのですが、相殺契約は、Bに対しても主張することができるのでしょうか。
  • 建築協力金として建物の賃借人が賃貸人に差し入れた保証金の返還債務について、建物所有権を譲り受けた新賃貸人に承継されないと解されています(最判昭51・3・4)。しかし、本件のような相殺契約の効力が新賃貸人に及ばないとみるべきかどうかは、別の問題です。
    近時、仙台高判平25・2・13は、この点につき次の通り判示しました。
判決内容

「本件相殺契約は、上記の内容に照らすと、実質的には賃料の金額ないし支払方法に関して本件賃貸借と同時にされた合意の性格を有し、本件賃貸借契約書に一条項として記載されて本件賃貸借と一体となってその内容になっているというべきである。したがって、賃貸人の地位を承継した控訴人に対しても当然に効力を有し、控訴人は、本件相殺契約により制約された賃料債権を取得したものというべきであって、被控訴人は、控訴人が賃貸人の地位を承継した後の本件賃料についても本件相殺契約に基づく相殺を主張することができると解するのが相当である。・・・本件相殺契約の内容は、本件賃貸借契約書中に記載され、本件賃貸借の一条項として定められたのみならず、本件賃貸借契約書に添付された償還金額総括表と相まって、相殺される金額(本件償還金額)を具体的に明示していて、本件建築協力金等の返還請求権との相殺の結果実際に支払うべき賃料額が減額されることを明らかにしており、本件賃貸借と切り離すことのできない密接な関係に立つということができる。したがって、本件相殺契約は、本件賃貸借の一環として定められたものであるから、結局、本件賃貸借の内容をなすものと認めるのが相当である。」

賃貸借実務上重要な判例として位置づけられます。

35.賃貸借契約条項と消費者契約法12条の差止請求
  • 最近、適格消費者団体から賃貸借契約書の条項について消費者契約法9条、10条に該当するとして、契約書用紙の破棄や差止めを求められることがあると聞いたのですが、どんな条項が該当するのでしょうか。
  • 消費者契約法12条は、一定の要件を満たした適格消費者団体が、消費者取引における同種紛争の未然防止、拡大防止のため、事業者による不当な行為を差し止めることができる旨を限定しています。賃貸借契約における各条項が問題となるケースが多いのですが、最近、次の各条項についての判例が出ました(大阪地判平24・11・12)。
判決内容
特約条項
(1)乙が、「解散、破産、民事再生、会社整理、会社更生、競売、仮差押、仮処分、強制執行、成年被後見人、被保佐人の宣告や申し立てを受けたとき。」に該当するときは、甲は、直ちに本契約を解除できる。
(2)乙が本契約終了後、直ちに本物件の明け渡しを完了しない場合は、本契約終了日より本物件明渡し完了に至るまでの間、毎月本契約の賃料の2倍に相当する損害金を支払わなければならない。
(3)乙が、家賃を滞納した場合、乙又は丙は催告手数料(通信費、交通費、事務手数料)として、1回あたり3150円を甲に支払う。
(4)乙は、本契約終了によって本物件を明け渡す際に、クリーンアップ代(20嵬には2万1000円、30嵬には2万6250円、60嵬には3万1500円、100嵬には5万2500円、100岼幣紊錬隠伊5000円)を甲に支払い、ペット飼育者は別途消毒費として1万8900円を支払う。

裁判所は(1)のうち、後見開始又は補佐開始の審判や申立てがあったときに解除を認める部分について、消費者契約法10条に該当するとして同法12条3項に基づく意思表示の差止めを認めました。
他方、建物明渡義務の履行を遅滞した場合の損害金を賃料の2倍とした契約条項、定額の催告手数料を賃借人の負担とする契約条項、定額のクリーンアップ代を賃借人の負担とする契約条項について、消費者契約法9条及び10条のいずれにも該当しないとして差止めを認めませんでした。
適格消費者団体の差止め請求の可否についての先例として、重要な意味をもつ判例といえます。
36.定期借家契約の説明文書
  • 借地借家法38条1項所定の定期借家契約を締結しましたが、同法38条2項の説明文書を省略してしまいました。定期借家契約は無効になってしまうのでしょうか。
  • 企業間の定期借家契約の場合、借地借家法38条2項所定の書面を省略しているケースが散見されます。同書面については、定期借家契約書と別個独立の書面の作成・交付を要するか否かについて見解が分かれておりました。
    今般、最判平24・9・13は、次の通り判示しました。
判決内容

「同条2項の規定が置かれた趣旨は、定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って、賃借人になろうとする者に対し、契約の更新がなく期間の満了により終了することを理解させ、当該契約を締結するか否かの意思決定のために十分な情報を提供することのみならず、説明においても更に書面の交付を要求することで契約の更新の有無に関する紛争の発生を未然に防止することにあるものと解される。同条2項は、定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って、賃貸人において、契約書とは別個に、契約の更新がなく期間の満了により終了することについて記載した書面を交付した上、その旨を説明すべきものとしたことが明らかである。紛争の発生を未然に防止しようとする同項の趣旨を考慮すると、上記書面の交付を要するか否かについては、契約の締結に至る経緯、契約の内容についての賃借人の認識の有無及び程度等といった個別具体的事情を考慮することなく、形式的、画一的に取り扱うのが相当である。したがって、法38条2項所定の書面は、賃借人が、当該契約に係る賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず、契約書とは別個独立の書面であることを要するというべきである。」

説明文書の授受を省略した場合、定期借家契約としての効力はなく、法定期間の経過後、期間の定めのない賃貸借として更新されたことになりますので、注意してください。

37.連帯保証人の責任の限定
  • 建物賃貸借契約の借主の連帯保証人となりましたが、入居者が賃料の支払を1年以上滞納しました。私の方から家主に対し、早く訴訟提起して明け渡しを行ってほしいと申し出たのですが、家主は何もせず、4年も経過してしまい、私に多額の滞納賃料の支払を求めてきました。応じなければならないのでしょうか。
  • 個人の保証、連帯保証については、保証人保護の方策の拡充が検討されております。その責任を合理的な範囲に限定しようという流れも定着してきました。
    最判平9・11・13は、保証人の責任限定の問題に言及しており、本件の様なケースはまさに無制限に拡大する可能性のある保証人をいかに救済するかが問われることになります。
    近時、こうした問題点につき、東京地判平24・2・18は次の通り判示しました。
判決内容

「建物賃貸借契約における賃借人の保証人は、未払賃料や賃料相当損害金等を賃借人に代わって支払う債務を負担するものであるところ、賃借人が賃料不払を続けながら賃貸建物を明け渡さない場合、当該保証人には、当該賃借人に代わって賃貸建物を明け渡す法的権能も、当該賃借人をして賃貸建物の明渡しをさせる法的権能もないため、当該保証人の上記支払債務が無制限に拡大し得る・・・賃借人が賃料不払を続けながら賃貸建物を明け渡さないという事態が生じた場合、賃貸人には、保証契約の当事者として、保証人の上記支払債務が当該保証契約に即して通常想定されるよりも著しく拡大する事態が生ずることを防止するため、当該保証人との関係で、解除権等の賃貸人としての権利を当該賃貸借の状況に応じて的確に行使すべき信義則上の義務を負うというべきであり、当該賃貸人が当該権利の行使を著しく遅滞したときは、著しい遅滞状態となった時点以降の賃料ないし賃料相当損害金の当該保証人に対する請求は、信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。」

そのうえで、滞納が始まってから3年程経過した平成21年4月1日以降の延滞使用料の請求が権利の濫用にあたると判断しました。

38.既存不適格建築物の修繕義務
  • 古ビルを賃貸していますが、借主から昭和56年改正にかかる耐震基準を満たしていないから、修繕してほしいとの要望が出されています。建築当時の建築基準法令に従って建築されているので、修繕義務はないと思うのですが、いかがでしょう。
  • 既存不適格建築物の賃貸人は、使用収益させている賃借人に対し、現行基準の耐震性能を有するレベルまで建物を修繕する義務を負うのでしょうか。耐震改修促進法6条の存在も気になるところです。
    東京地判平22・7・30は、この点につき次の通り判示しました。
判決内容

「この修繕義務の内容は、契約の時点において契約内容に取り込まれた目的物の性状を基準として判断されるべきであり、仮に目的物に不完全な箇所があったとしてもそれが当初から予定されたものである場合は、それを完全なものにする修繕義務を賃貸人は負わないというべきである。そして、本件建物はその建築当時の建築基準法令に従って建築されているものというべきであり、かつ現時点において要求される建築基準法上の耐震性能を有している必要はなく(既存不適格建築物)、さらに本件建物の建築年次は登記情報等により誰でも確認可能であって当該建物がどのような耐震基準を満たしているのかは借主側でも確認可能であったこと、本件契約締結時に本件建物の耐震性能が特に問題とされた事情はうかがえないことからすれば、本件契約では本件建物の耐震性能につきその建築当時に予定されていた耐震性能を有していることが内容となっているといえる。そして、本件建物はそれを満たしているのであるから。Xのいうような修繕義務は存在しないというべきである。・・・耐震改修促進法6条は、特定建築物の所有者に対し、当該特定建築物について耐震診断を行い、必要に応じ耐震改修を行う努力義務を定めているにすぎず、改正宅建業法施行規則も修繕義務を直接に裏付けるものではないから、これらをもって修繕義務が認められるものでもない。」

39.保証会社による賃料代位弁済と契約解除
  • 賃借人が賃料の支払を5ヵ月分も滞納し、保証会社からの代位弁済を受けているのですが、私としては賃貸借契約を解除したいと思います。可能でしょうか。
  • 賃借人が5ヵ月も不払をしているわけですから、貸主としては、賃料不払による賃貸借契約の解除をしたいところです。しかし、保証会社による代位弁済により、外形的には賃料不払の事実がなくなり、解除要件を充たさないのではとの疑問が生じます。近時、大阪高判平25・11・22は、この点につき、次の通り判示しました。
判決内容

「本件保証委託契約のような賃貸借保証委託契約は、保証会社が賃借人の賃貸人に対する賃料支払債務を保証し、賃借人が賃料の支払を怠った場合に、保証会社が保証限度額内で賃貸人にこれを支払うこととするものであり、これにより、賃貸人にとっては安定確実な賃料収受を可能とし、賃借人にとっても容易に賃借が可能になるという利益をもたらすものであると考えられる。しかし、賃貸借保証委託契約に基づく保証会社の支払は代位弁済であって、賃借人による賃料の支払ではないから、賃貸借契約の債務不履行の有無を判断するに当たり、保証会社による代位弁済の事実を考慮することは相当でない。なぜなら、保証会社の保証はあくまでも保証委託契約に基づく保証の履行であって、これにより、賃借人の賃料の不払という事実に消長を来すものではなく、ひいてはこれによる賃貸借契約の解除原因の事実の発生という事態を妨げるものではないことは明らかである。」

実務上の取扱いにつき相違があったのですが、本判決により方向が明確になったように思います。

40.明渡し遅滞の場合、賃料の2倍の損害金支払条項と消費者契約法9条1号、10条
  • 私が入居している借家の契約には、契約終了後に明渡しが遅滞した場合、賃料の2倍相当額の損害金を支払うとの条項があるのですが、このような定めは消費者契約法の9条1号、10条により無効となるのではないでしょうか。
  • 消費者契約法9条1号は、消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項にあって、これらの額が当該消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるものは、当該超える部分について無効とすると定めている。又、同法10条は、「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に当たる場合、条項は無効となると定めている。本件条項が消費者契約法9条1号、10条に該当するかにつき、東京高裁平25・3・28は、次の通り判示しました。
判決内容

「本件倍額賠償予定条項は、契約終了の原因がいかなるものであるかにかかわらず、契約が終了した後において、賃借人が明渡し義務を履行せずに賃借物件の明渡し遅延した場合における使用料相当の損害金一般について定めた規定であり、その対象となる損害は、契約の解除後に賃借人が賃借物件の返還義務を履行せずに使用を継続することによって初めて発生するものであって、契約の解除時においては、損害発生の有無自体が不明なものである。したがって、このような損害について賠償の予定額を定めた本件損害賠償予定条項を、消費者契約法9条1号に規定する消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し又は違約金を定める条項であると解することは相当でないというべきである。」

そのうえで、賃料等を超える額を予定される損害賠償額とすることが、賃貸人に生じる損害の填補、明渡義務の履行の促進といった側面に照らし、不相当に高額であるといった事情も認められないから、同法10条後段にも該当しないと判断しました。

41.鍵交換費用負担特約の効力
  • 入居した賃貸借契約書に、入居の際に鍵交換費用を賃借人が負担するとの特約があります。このような特約は消費者契約法10条により無効となると思うのですが、いかがでしょう。
  • 民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、または消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する条項は、無効です(消費者契約法10条)。
    鍵交換費用負担特約が無効となるかどうかにつき、判断の分かれるところですが、東京地判平21・9・10は、次の通り判示しています。
判決内容

「Aは、鍵交換費用は、本来、賃貸人の負担に帰すべきこと、鍵交換費用負担特約における費用は、交換した鍵のシリンダーの費用に比して過大であることから、鍵交換費用負担特約は、Aにとって一方的に不利益であると主張する。なるほど、東京都が本件ガイドラインに関連して策定したガイドラインには、退去時の鍵の交換費用は賃貸人の負担とするのが妥当である旨記載があること、鍵交換費用負担特約においてAが負担するものとされた費用が1万2600円あるのに対し、C社が交換した鍵のシリンダー代金は3675円であることが認められ、これらの事実は、Aの主張に一応沿う事実であるということができる。しかしながら、本件賃貸借契約において鍵交換費用負担特約は明確に合意されていること、Aが入居する際に、本件貸室の鍵を交換することは、前借主の鍵を利用した侵入を防止できるなど、Aの防犯に資するものであること、鍵交換費用と鍵のシリンダー費用との差額8925円はC社が鍵交換作業の技術料として取得したものであって、Bが取得したものではないこと、その金額も1万2600円であって、鍵交換費用として相応な範囲のものであることを考慮すれば、Aの主張に沿う上記事実があることをもって、Aにとって一方的な不利益になるものであるということはできない。」

賃借人が負担した費用の金額を考慮して判断したものと思われますが、先例として貴重な判例といえます。

42.事業用賃貸借における通常損耗補修特約
  • オフィスビルの賃貸借において、退去時の原状回復の内容につき、別紙で原状回復要項を規定し、対象となる箇所ごとに細かく仕様を定めております。このような定めは有効なのでしょうか。
  • いわゆる通常損耗補修特約の効力については、肯定・否定の判例が数多く出されておりますが、事業用賃貸借の場合には、消費者契約法の適用がないので、具体的に明記されているケースでは有効と解される傾向にあります。
    近時、東京地判平25・4・11判決は、次の通り判示しました。
判決内容

「本件賃貸借契約においては、その23条で、借主は、借主の設備、機器、造作、間仕切、建具、物品等をその負担において撤去し、補修を要する部分を修繕し、壁、天井、床仕上げ剤の塗装、張替を行った上で、明け渡さなければならない旨規定がなされた上、別紙において「原状回復要項」が規定され、対象となる箇所ごとに仕様が規定されている(たとえば、床についてはタイルカーペットおよび巾木の全面張替、壁、天井については、全面塗装(損傷がある場合は修復)、空調室内機・換気口「クリーニング」、照明器具「機器クリーニングおよび管球は新品に交換」などと記載されている)。そうすると、本件賃貸借契約については、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されており、XとYとの間では、上記の範囲でYが原状回復義務を負うことの特約が明確に合意されていたと認められ、Yには上記の範囲で原状回復義務があるというべきである。」

実務の方向を示す重要判例に位置付けられます。

43.自殺を告げずに賃貸借契約を締結した場合と不法行為
  • マンションを居住のために賃借しましたが、一年数か月前に居住者が自殺していたのに、貸主は故意にその事実を私に告げませんでした。私は退去し、貸主に対し、礼金、賃貸保証料、引越料、慰謝料等の損害賠償を求めたいのですが、認められますか。
  • 自殺のあった本件マンションには、心理的瑕疵があり、貸主としては信義則上、自殺について賃借人に告知すべき義務があったものと思われます。貸主の不法行為の成否につき、大阪高判平26・9・18は次の通り判示しています。
判決内容

「一般に、建物の賃貸借契約において、当該建物内で一年数か月前に居住者が自殺したとの事実があることは、当該建物を賃借してそこに居住することを実際上困難ならしめる可能性が高いものである。したがって、控訴人は、平成24年8月29日、被控訴人との間で、本件賃貸借契約を締結するに当たって、本件建物内で一年数か月前に居住者が自殺したとの事実があることを知っていたのであるから、信義則上、被控訴人に対し、上記事実を告知すべき義務があったというべきである。・・・(ア)控訴人は、平成24年8月29日、被控訴人との間で、本件賃貸借契約を締結するに当たって、本件建物内で一年数か月前に居住者が自殺したとの事実があることを知っていたのであるから、信義則上、被控訴人に対し、上記事実を告知すべき義務があったのに、上記義務に違反し、故意に上記事実を被控訴人に対して告知しなかったこと、(イ)被控訴人が上記告知義務に違反して上記事実を告知しなかったことにより、被控訴人は、上記事実があることを知らずに本件賃貸借契約を締結し、これに基づき、賃貸保証料、礼金、賃料等を支払うとともに、引っ越しをして本件建物に入居したことが認められ、上記は、故意によって被控訴人の権利又は法律上保護される利益を侵害したものとして、不法行為を構成するというべきである。」

そのうえで、賃貸保証料、礼金、賃料等、引越料、エアコン工事代、慰謝料等の損害賠償請求を認めました。

44.大震災による建物大破と契約解除
  • 東日本大震災により、賃貸している鉄骨4階建建物の基礎杭の不同沈下等の損傷があり、建物が北側に傾き、傾きの傾度は1000分の18.5に及び、大規模修繕工事により対処することも不可能な状態です。建物が大破した場合、契約解除できるとの条項があるのですが、解除は可能でしょうか。
  • 建物を利用することができなくなれば、賃貸借は履行不能により当然に終了します。設問類似の事案で、建物大破の場合、契約解除できるとの特約の適用を認めた判例(東京地判平25・5・7)があり、次の通り判示しています。
判決内容

「本件建物は、鉄骨4階建ての倉庫及び共同住宅であるところ・・・東北地方太平洋沖地震において上下振動と横揺れ振動が同時に起こったために、基礎杭が不同沈下した。上記不同沈下により、本件建物が全体に北側に傾き、東側道路から見ると、約13.5mの高さで約250mm右傾しており・・・その傾きの程度は1000分の18.5であって、国土交通省の基準値である1000分の6の3倍を超える値である。加えて、本件建物にねじれが生じたため、外壁に大きなひび割れが生じ、至る所でタイルが崩落している。また、2~4階の通路の壁及び天井に多数のクラックが見られ・・・本件建物をこのままの状態で放置すると、今後地震が発生しないとしても、ひび割れから雨水が浸透することなどにより、外壁のタイルやモルタルの落下が更に進行し、通行人にとって危険な状態となる。また、本件建物は、地震に対する復元力が少なくなっており、今後、震度5強以上の地震が生じた場合、傾きが更にひどくなり、隣家の建物を損傷したり倒壊したりするおそれもある。本件建物について大規模修繕工事を行うことは不可能であり、解体して建て替えるほかない。上記認定事実に照らせば、本件建物は、基礎杭の不同沈下により北側に大きく傾いており、その耐力に著しい低下が認められ、大規模修繕工事により対処することは不可能であって、解体して建て替える必要があるというのであるから、本件特約条項にいう「大破した場合」に当たるものというべきである、以上によれば、本件賃貸借契約は、本件特約条項に基づく解除により終了したものというべきである。」

45.賃借人の犯罪行為と無催告解除
  • 賃借人が大麻所持で逮捕され、警察が建物を捜索し、大麻吸引器具を押収しました。契約書には、本件建物内の共同生活の秩序を乱し、覚せい剤使用等により、警察の介入を生じさせ、刑事事件等その他社会的信用を失墜した場合、無催告で解除できるとの規定がありますので、解除したいと思います。認められますか。
  • 賃借人の犯罪行為によって、賃貸借契約を解除できるかが問題となりますが、契約書の条文の有無、無催告でいいのか、刑事裁判が確定していなくてもいいのかが争点となります。
    大麻所持の事案につき、東京地判平21・3・19は、次の通り判示しています。
判決内容

「借主又は入居者が次の各号のいずれかに該当する場合には、貸主は何等の催告を要せず直ちに本件賃貸借契約を解除することができる。①借主又は入居者の行為が本件建物内の共同生活の秩序を乱すと認められるとき、②借主又は入居者が、覚せい剤使用・暴行・傷害強迫・酒乱・精神障害等により、警察の介入を生じさせたとき並びに借主が死亡若しくは解散したとき、と定められていた賃貸借において、Yが大麻取締法違反の容疑により逮捕され、警視庁が本件建物部分を捜索し大麻吸引器具を押収した事案である。大麻の所持については、大麻取締法24条の2により、成人であれば5年以下の懲役を科し得る犯罪行為であり、決して軽いものではない。また、Yが著名人であったことが影響していると思われるものの、上記の逮捕、捜索及び押収等の一連の手続について、社会から注目を集めたことは公知の事実であり、近隣住民が本件建物内において犯罪行為が行われたことにより、近隣住民が不安を抱いたであろうことは想像に難くない。さらに、上記一連の手続が執られた後、Yに対して法的解除を前提としての催告をしたとしても、近隣住民が抱いた不安が払拭されるものでもない。そうすると、Yの上記行為は、本件建物内の共同生活を乱し、覚せい剤使用等により、警察の介入を生じさせ、刑事事件等その他社会的信用を失墜したものであるというべきであるし、本件無催告解除特約に基づく解除は有効であるといわざるを得ない。」

解除が認められるケースが一般的です。

46.賃貸人の地位の留保
  • 賃借人のいる建物を購入することにしましたが、賃貸人の地位を前所有者に留保し、将来賃借人への敷金返還義務を私の方で負わない形を取りたいのですが、可能でしょうか。
  • 建物所有者(賃貸人)が、新所有者に建物を譲渡した場合、対抗要件を備える賃借人との関係においては、新所有者が賃貸人の地位を当然に承継し、他方で元所有者は賃貸人ではなくなって賃貸借関係から離脱します。新旧所有者の間で、建物譲渡後も賃貸人の地位を元所有者に留保し、賃借人への敷金返還義務を元所有者にとどまらせて、新所有者がこれを承継しないとの合意がなされることがあります。地位留保特約というものですが、その成立のための要件について、東京地判平20・2・20は、次の通り判示しています。
判決内容

「自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に第三者に移転すると解すべきであり、この場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに特段の事情があるものということはできない(最高裁判所平成11年3月25日判決)。ただし、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意し、その旨を賃借人に通知してその承諾を得た場合等には、上記特段の事情があるものと認められ、旧所有者は、賃貸人たる地位をなお賃借人に対して主張できると解すべきである。なぜなら、新旧所有者の合意のみをもって上記特段の事情があるものとすると、賃借人が転借人と同様の地位に立たされることになり、旧所有者の債務不履行によって賃借人がその地位を失うなど不測の損害を被るおそれがあるが、賃借人の承諾を得た場合には、賃借人が自らそのような不利益な地位に立たされることを容認したということができるからである。」

あくまでも賃借人への通知とその承諾が必要となりますので、注意してください。

47.スケルトン貸しの明渡し
  • ビルの一部を飲食店に賃貸するにあたり、コンクリート打放しの状態のままで賃貸しましたので、明け渡しの際には、スケルトン状態にまで戻すという原状回復をする義務を負わせる約定をかわしました。賃借人からこのような約定は公序良俗違反で無効だと主張されましたが正しいのでしょうか。
  • いわゆるスケルトン貸しの場合は、賃借人が自ら内装、設備工事をして、建物を使用することになります。明渡しに際し、スケルトン状態に戻すという約定が成立しているケースが多いのですが、賃借人から過分な費用負担が発生するとの苦情が出されるケースが多く、トラブルに発展します。なお、事業者間の契約のため消費者契約法は適用になりません。
    東京地判平23・6・9判決は、こうした争点につき次の通り判示しています。
判決内容

「本件賃貸借契約においては、賃借人は、自ら設置した内装・設備をその負担において撤去した上、コンクリート打放し状態(いわゆるスケルトン状態)に原状回復して本件貸室を返還する義務を負うところ、Aは、そのような約定は公序良俗に反して無効であると主張する。しかしながら、本件賃貸借契約は、賃借人が本件貸室を飲食店としてしようすることを目的とする会社間の賃貸借契約であって、原状回復の範囲は公正証書によって明記され、Aは、それを受け入れて、前賃貸人からいわゆる居抜きで本件貸室を引き継いで賃借した経緯があることなどに照らすと、賃借人に、コンクリート打放し状態(いわゆるスケルトン状態)に原状回復する義務を負わせる旨の合意が公序良俗に反するものとはいえない。」

賃借人はスケルトン状態にする工事を行う義務を負うことになりますので注意してください。

48.家主の修繕義務不履行と賃料不発生
  • 借家で居酒屋を営んでおりますが、地下からの下水の悪臭が発生し、営業が出来ない状態が続きました。家主に再三にわたり修繕を求めたところ、2ヶ月後にようやく家主が修繕し、営業を再開できたのですが、家主から休業中の2ヶ月分の家賃を支払えと言われています。支払わなければならないのでしょうか。
  • 賃料は建物使用の対価ですから、賃貸人が修繕義務の履行を怠り、賃借人が目的物を全く使用することができなかった場合には、賃借人はこの期間の賃料の支払いを免れることになります。民法536条1項が根拠条文になります。家主さんの中には、このような場合においても平気で家賃請求をする方がおられます。
    ご質問と類似の事例につき、東京地判平24・7・25は次の通り判示しています。
判決内容

「Aの本件修繕(悪臭の除去)義務違反によってBは本件賃貸借契約の目的を達成できなかったのであるから、民法536条1項の類推適用により、賃借人であるAの修繕義務が履行され、飲食店(居酒屋)として使用収益が可能な状態となるまで、Bは賃料支払義務を免れると解するのが相当である。したがって、Bは、平成22年9月1日から本件悪臭がほぼ除去された同年11月25日までの賃料支払義務を負わない。」

49.賃借人が楽器演奏できる範囲の説明
  • ビルの一室を賃貸し、契約書に「使用目的:店舗(イラスト宝飾ギャラリー、飲食(カフェ))、「特約:ピアノ、楽器等演奏可」と記載しました。賃借人は、楽器演奏を伴うライブイベントをやろうとしたが、近隣住宅や上階の居住者の反対で実施できなかったので退去するといい、大家である私が楽器演奏が出来る範囲についての説明義務違反があったので損害賠償請求すると言ってきました。応じなければならないでしょうか。
  • 貸ビル内での楽器演奏が他の入居者との関係でトラブルに発展するケースがよくみられます。契約書の記載をめぐって賃貸人の説明義務違反があったのか否かが争点になります。
    本問類似のケースで、東京地判平22・3・19は次の通り判示しています。
判決内容

「賃貸物件における楽器演奏については、賃貸物件の立地や用途、賃貸目的などに応じて、許容される演奏態様には自ずから限界があると考えるべきであって、賃貸借の契約書上に楽器演奏の態様について具体的な制限内容が記載されていなかったとしても、全く無制約に演奏が認められると解すべきではない。そして、本件建物が、住宅地に位置する居住用住宅であって、本件建物の使用目的が「店舗(イラスト宝飾ギャラリー・飲食(カフェ))」とされ、AからBに対しライブイベントを行うという使用目的は伝えられていなかったことからすれば、本件建物においてピアノ、楽器等演奏可」であったとしても、その内容は、近隣の住宅や上階の居住者に配慮した、音量や演奏時間帯に制約を伴う範囲のものであることが当然の前提となっていたと解される。」

結局、賃借人の主張は認められませんでした。

50.賃借人の使用に支障となる障害の除去義務
  • アパートを借りていますが、隣人の迷惑行為が著しいので大家さんに対処してほしいと申し入れているのですが、何もしてくれません。大家さんには適切な対処をする義務があると思うのですが、いかがでしょう。
  • 賃貸人には、賃借人の建物の使用に支障となる障害を除去する義務があります。賃貸人に対し、迷惑行為の著しい隣人の退去を要請すべき義務を明確に肯定した裁判例があります。
    東京地判平24・3・26は次の通り判示しています。
判決内容

「賃貸人は、賃借人に対して、目的物を使用・収益させる義務を負っているのであるから、Aは、Bに対し、賃貸期間中、本件貸室を住居として使用するに適する平穏な状態で使用・収益させる義務を負っていたというべきである。また、本件のように、迷惑行為の被害者Bの居住する601号室とその加害者Cの居住する602号室とがいずれもAの賃貸物件であるという事情の下においては、賃貸人であるAは、隣人に迷惑行為を行ったことを理由として602号室の賃貸借契約を解除し、Cを退去させることが可能であったということができる。そこで、これらの事情を併せ考えると、Aは、Bから、Cの迷惑行為により601号室を平穏な状態で使用・収益することができない旨の苦情が申し入れられた場合には、賃貸人として、まず、迷惑行為に関する事実関係を十分に調査すべきであり、その上で、Cの迷惑行為が受忍限度を超えるものであることを確認し、かつ、そのことを訴訟において立証しうる証拠を獲得した場合には、601号室を平穏な状態に回復して賃貸人としての義務を果たすため、Cに対し、賃貸借契約の解除をも視野に入れて602号室からの退去を要請すべき義務を負っているというべきである。」

51.定期借家における賃料不増減特約
  • 定期借家契約を締結しましたが、借地借家法32条の賃料増減請求権を行使しないという特約が入っているのですが、この特約の効力について教えてください。
  • 定期建物賃貸借では、賃料増減請求をしないという特約があれば、借地借家法32条は適用されません(同法38条7項)。普通建物賃貸借においては、不増額特約は有効、不減額特約は無効と解されていますが、定期契約においてはいずれについても効力が認められています。
    特約の定め方について東京地判平21・6・1は、次の通り判示しています。
判決内容

「定期建物賃貸借は、平成11年の借地借家法改正において、建物賃貸借における私的自治ないし契約自由の原則尊重という基本的立場から、一定の要件の下に期間の満了により終了する(契約の更新のない)類型の建物賃貸借として導入された制度である。そして、法38条7項は、上記の基本的立場に立脚して導入された定期建物賃貸借における家賃の改定に関しても、当事者の合意を優先させることにより家賃の改定をめぐる紛争ないしこれに伴う訴訟を回避することを可能とする趣旨で設けられたものであるところ、その趣旨にかんがみれば、借賃改定特約は、家賃額を客観的かつ一義的に決定する合意であって、経済事情の変動等に即応した家賃改定の実現を目的とした借賃増減額請求権の排除を是認し得るだけの明確さを備えたものでなければならないと解するのが相当である。」

52.定期借家契約の電話による事前説明
  • 定期借家契約の事前説明をしようとしたのですが、面談を断られたため電話で詳細な説明を行い、説明書面を賃借申込人の郵便受けに投函しました。後日、説明書面に署名押印した書類が送られてきました。定期借家契約の事前説明を行ったと認めてもらえるのでしょうか。
  • 定期借家契約の事前説明においては、書面を交付したうえで、あわせて口頭による説明を行わなければなりません。
    面談を断られたため、電話を通じた説明を行ったケースについて、東京地判平23・2・8は次の通り判示しました。
判決内容

「これらの事実を総合すれば、Aの営業担当者は、本件通話において、Bとの面談を断られたことから、面談により借地借家法38条2項の説明を行うことは困難であると判断し、その場で口頭により、本件賃貸借契約が従前と同様に契約の更新のない定期建物賃貸借であり、期間満了により賃貸借が終了する旨を説明した上、本件説明書面をBの郵便受けに投函するのであその内容を確認して署名押印することを求め、本件通話の後、本件説明書面をBの郵便受けに投函して、これをBに受領させ、閲読させたことを推認することができる。以上によれば、Aは、本件通話及び本件説明書面の交付により、借地借家法38条2項の規定による説明をしたものと認めることができ、本件賃貸借契約における契約の更新がない旨の定めは、有効である。」

本件はあくまでも例外的に救済したケースであり一般化することはできません。説明は面談のうえ、正確に行うようにして下さい。

53.ゴルフ場経営の地上権設定契約と借地借家法11条
  • ゴルフ場経営を目的とする地上権設定契約と土地賃貸借契約を締結しておりますが、このような賃借に借地借家法11条に定める地代等の増減請求権の規程は適用されるのでしょうか。
  • ゴルフ場用地の地上権及び賃借権につき、借地借家法11条が類推適用されるかが問題です。最判平25・1・22は、次の通り判示しています。
判決内容

「借地借家法は、建物の所有権を目的とする地上権及び土地の賃借権に関し特別の定めをするものであり(同法1条)、借地権を「建物の所有を目的とする地上権又は土地の借地権」と定義しており(同法2条1号)、同法の借地に関する規定は、建物の保護に配慮して、建物の所有を目的とする土地の利用関係を長期にわたって安定的に維持するために設けられたものと解される。同法11条の規定も、単に長期にわたる土地の利用関係における事情の変更に対応することを可能にするというものではなく、上記の趣旨により土地の利用に制約を受ける借地権設定者に地代等を変更する権利を与え、また、これに対応した権利を借地権者に与えるとともに、裁判確定までの当事者間の権利関係の安定を図ろうとするもので、これを建物の所有を目的としない地上権設定契約又は賃貸借契約について安易に類推適用すべきものではない。本件契約においては、ゴルフ場経営を目的とすることが定められているにすぎないし、また、本件土地が建物の所有と関連するような態様で使用されていることもうかがわれないから、本件契約につき借地借家法11条の類推適用をする余地はないというべきである。」

なお、事情変更の原則による地代の増減を求める方法がありますが、最高裁はその要件を厳格に解しており、経済変動が著しい場合に限定され、実際には難しいものがあります。

54.更新と債務名義の効力
  • 更新前の建物賃貸借に関する公正証書が作成されているのですが、更新後に発生した賃料不払につき、その賃料債権についても強制執行ができるのでしょうか。
  • 更新前に作成されていた建物賃借権の公正証書は更新後の賃料債権について債務名義となるかについて、大阪地判昭46・2・26乙、東京地判平8・1・31は、否定する判断を示しておりました。 しかし、その後、東京高判平14・10・4は、「本件公正証書は、当初の期間3年間だけの賃貸借契約のみならず、更新後の賃貸借契約の内容についても定めているものであり、本件公正証書は、更新後の賃貸借契約についても債務名義たり得るものと認められる」と判示し、更新後の賃貸借についても効力が及ぶものとの判断を示しました。
判決内容

裁判上の和解調書が作成された場合も債務名義となりますが、同じ問題が生じます。この点につき、東京地判平20・10・29乙は、更新契約において、本件和解契約の内容を変更又は排除する旨の合意を行わない限りは、本件和解契約の内容を維持する趣旨で更新合意をしたものと認められるとし、裁判上の和解調書についても、更新後の賃借権に債務名義としての効力が及ぶものと判示しました。

以上の2つの判例により、更新後の賃料債権についても強制執行が可能と考えられております。

55.賃借物件が過去に犯罪に使用されていた場合
  • 当社が賃借した事業用の事務所の住所が、過去に振り込め詐欺の金員送付先住所として警察庁等のホームページに公開されていたことが判明しました。貸主も知らなかったようですが、建物賃貸借における建物の隠れた瑕疵にあたり、貸主責任があると思うのですが、いかがでしょう。
  • 賃貸借の対象物の心理的要素に基づく欠陥と「隠れたる瑕疵」との関連が問題となりますが、収益の獲得を目的とする事業用賃貸借において、心理的欠陥の有無の判断を何を基準に行うべきかが問われます。類似の事案につき、東京地判平27・9・1は、次の通り判示しました。
判決内容

「建物賃貸借における建物の「隠れた瑕疵」(民法570条、559条)には、建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等を原因とする心理的瑕疵も含むと解するのが相当であるが、本件賃貸借契約が貸室を事務所として使用するための事業用賃貸借契約であり、その主たる目的が事業収益の獲得にあることに照らせば、本件事務所に心理的瑕疵があるといえるためには、賃借人において単に抽象的・観念的に本件事務所の使用継続に嫌悪感、不安感等があるというだけでは足りず、当該嫌悪感等が事業収益減少や信用毀損等の具体的危険性に基づくものであり、通常の事業者であれば本件建物の利用を差し控えると認められることが必要であると解するのが相当である。・・・本件住所が振り込め詐欺関連住所として警察庁により公表されていたという事実は、原告の事業収益減少や信用毀損に具体的な影響を及ぼすものとは認められず、また、通常の事業者であれば本件事務所の利用を差し控えるとまではいえないものと解される。」

事業収益減少や信用毀損が具体的な形で立証された場合には、別の判断になる可能性があります

56.賃貸借契約と公序良俗違反
  • 生活保護受給を受けているのですが、借家をする際に、月額賃料が7万8千円なのに、不動産会社が賃料を6万9千円にする賃貸借契約書を作成し、区役所に提出し住宅扶助支給を受けることになりました。このような賃貸借契約は公序良俗違反で無効となるのではないでしょうか。
  • 不動産会社が、生活保護受給者の賃貸借契約に際し、事実に反する内容の契約書を作成したことに関しては、宅地建物取引業法や生活保護法に反する可能性があります。しかし、賃貸借契約自体が公序良俗違反にあたるか否かは別の問題です。東京地判平25・4・22は、次の通り判示しています。
判決内容

「Aは、本件賃貸借契約の締結にあたり、宅地建物取引業者であるB不動産が、Aに住宅扶助支給の便宜を与えるため、本件賃貸借契約とは異なる内容の契約書を作成し、同契約書を荒川区役所に対して提出・提示した上で、その支給を受けていたことについて、宅地建物取引業法や生活保護法に反するものであったとして、本件賃貸借契約が生活保護受給者であるAから保護費の一部を搾取するものであって公序良俗に反する旨主張する。しかしながら、本件賃貸借契約は、飽くまでもCとAとの間の合意であるところ、仮にB不動産が本件賃貸借契約の内容と異なる内容の契約書を作成し、これを荒川区役所に提出・提示して住宅扶助支給を得ていたことが、宅地建物取引業法に違反する行政処分の対象となる行為となり、また、そのような契約書の提出に基づいて住宅扶助を受けていたことが生活保護法に違反するとしても、本件建物の賃料は、Aが賃借する以前から1か月9万8000円と設定して借主を募集していたものであり、本件賃貸借契約においてCがAに対して不当に高額の賃料を設定したものではないこと、上記契約書の作成は、本件賃貸借契約における賃料が荒川区の住宅扶助に係る基準額の上限を超えていたことから、Aに住宅扶助の支給を得させる目的で作成されたものであることが認められることを考慮すれば、同契約書の内容が真実と合致しないことから直ちに本件賃貸借契約自体が公序良俗に反するということはできない。」

57.不動産について商人間の留置権が成立するか
  • 当社は生コン製造業を営んでおりますが、一般貨物自動車運送業を営むA社に土地を賃貸しておりました。賃貸借契約は当社からの解除により終了しましたが、A社は、契約終了前から運送委託契約によって生じた運送委託料債権があることを理由に、留置権があるとして土地の明渡しを拒んでおります。A社の主張は妥当なものなのでしょうか。
  • 不動産会社が、生活保護受給者の賃貸借契約に際し、事実に反する内容の契約書を作成したことに関しては、宅地建物取引業法や生活保護法に反する可能性があります。しかし、賃貸借契約自体が公序民法295条の民事留置権の目的物である「物」に不動産が含まれることは条文上明らかですが、「物」を定義する条文のない商法521条の商人間の留置権の目的物である「物」に不動産が含まれるかどうかについては除外説と包含説があり対立しておりました。近時、最判平29・12・14は次の通り判示しました。
判決内容

「民法は、同法における「物」を有体物である不動産及び動産と定めた上(85条、86条1項、2項)、留置権の目的物を「物」と定め(295条1項)、不動産をその目的物から除外していない。一方、商法521条は、同条の留置権の目的物を「物又は有価証券」と定め、不動産をその目的物から除外することをうかがわせる文言はない。他に同条が定める「物」を民法における「物」と別異に解すべき根拠は見当たらない。また、商法521条の趣旨は、商人間における信用取引の維持と安全を図る目的で、双方のために商行為となる行為によって生じた債権を担保するため、商行為によって債権者の占有に属した債務者所有の物等を目的物とする留置権を特に認めたものと解される。不動産を対象とする商人間の取引が広く行われている実情からすると、不動産が同条の留置権の目的物となり得ると解することは、上記の趣旨にかなうものである。以上によれば、不動産は、商法521条が商人間の留置権の目的物として定める「物」に当たると解するのが相当である。」

結局、A社の主張は根拠のあるものとなります。

58.テレビ付き賃貸物件と放送法64条1項
  • テレビ付き賃貸物件に入居しましたがNHKから受信料を支払うよう求められています。受信機を設置したのはオーナーですから、私には受信契約を締結する義務はなく受信料の支払義務もないと思うのですが、いかがでしょう。
  • 放送法64条1項は、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」と規定しています。テレビ付き賃貸物件の入居者が「受信設備を設置した者」に該当するかが問題です。東京高判平29・5・31は次の通り判示しました。
判決内容

「同項が放送受信契約の締結義務を定めたのは、Aがあまねく全国に豊かでかつ良い放送番組を提供するために設立された公共的機関であり言論報道機関であり、その使命を果たすためにはAの財産的基礎を確保することが必要不可欠であるところ、Aの財産的基礎を税収に委ねた場合には番組編集に国の影響が及ぶことが避けられず、他方、広告収入に委ねた場合には広告主の影響が及ぶことが避けられないことから、特殊な負担金である受信料制度を採用して国民に直接費用負担を求める趣旨に出たものと解される。このような同項の文言及び趣旨に照らせば、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」とは、受信設備を物理的に設置した者だけでなく、その者から権利の譲渡を受けたり承諾を得たりして、受信設備を占有使用して放送を受信することができる状態にある者も含まれると解される。すなわち、上述した同項の趣旨に照らせば、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」とは、本来、Aが直接費用負担を求めるだけの実質的な関係を有する者、すなわち受信設備により放送を受信することができる状態にある者であることを要し、かつ、それで足りると解される。」

59.一方的意思表示による連帯保証契約の解除
  • 市営住宅に子供が入居する際、期間の定めのない賃貸借契約の連帯保証人になりました。子供が賃料の支払を3ヶ月も怠ったので、市の方に子供を退去させてほしいと伝えましたが無視されました。滞納分が累積し、14年もたってようやく市は建物明渡訴訟を提起し、私に300万もの滞納賃料等の支払を求めてきました。こんな理不尽な訴訟が認められるのでしょうか。
  • 賃借人が支払いを継続して滞納し、将来支払う見込みもないにもかかわらず、貸主が契約解除の措置を講じず、滞納分の保証債務が累積した場合、本件のように退去させてほしいと伝えた時点で保証人による契約解除の黙示の意思表示の効力を認める余地はないか、あるいは一定の時期以降の支払い請求は権利の濫用として認めないことが可能かどうかが問題となります。横浜地裁相模原支平31.1.30は類似のケースにつき次の通り判示しました。
判決内容

「期間の定めのない継続的な建物賃貸借契約の保証契約を締結した場合において、①上記保証契約締結後相当な期間が経過し、②賃借人が賃料の支払を怠り、将来においても賃借人が債務を履行する見込みがないか、③保証契約締結後に賃借人の資産状態が悪化し、これ以上保証契約を継続させると、保証人の賃借人に対する求償権の行使も見込めない状態になっているか、④賃貸人が上記事実を保証人に告知せず、保証人が上記事実を認識し、何らの対策も講じる機会も持てないまま、未払賃料等が累積していったり、⑤上記のような事情のため、保証人が保証債務の拡大を防止したい意向を有しているにもかかわらず、賃貸人が依然として賃借人に上記建物の使用収益をさせ、賃貸借契約の解除及び建物明渡しの措置を行わずに漫然と未払債務を累積させているような場合には、賃貸人の前記保証契約上の信義則違反により、賃貸人が保証契約の解除により信義則上看過できない損害を被るなどの特段の事情がない限り、保証人は、賃貸人に対する一方的意思表示により、上記保証契約を解除し、以後の保証債務の履行を免れることができると解すべきである・・・また、少なくとも、前記のような事情がある場合、仮に保証人からの解除の意思表示がなかったとしても、賃貸人の保証人に対する保証債務の履行請求は、信義則に反し、権利の濫用として一定の合理的限度を超えては許されないと解すべきである。」連帯保証人の救済事例として重要な判例といえます。

60.賃貸借部分の保守点検等の特約の効力
  • スポーツクラブ営業のための賃貸借において、「本件賃貸借部分の保守点検等の管理業務については、賃借人が責任を持ってこれに当たる」と定めたのですが、クラブ側からプールの天井裏の屋根回り部材の腐食の調査をするよう求められました。本来特約により賃借人の方でやるべきことだと思うのですが、いかがでしょう。
  • 保守管理についての特約があれば、それに従うのが当然なのですが、賃貸人が本来負っている物件の修理取替え義務との関係で、特約があっても賃借人から一方的に調査を求められるケースがあります。保守点検義務と修理取替え義務の関係をどうとらえるべきなのでしょう。この点につき、東京地判平27・4・28は次の通り判示しています。
判決内容

「賃貸借契約において、「本件賃貸借部分の保守点検等の管理業務については、B(賃借人)が責任を持ってこれに当たる」と定められていたことから、・・・本件賃貸借契約においては、本件賃貸借部分に含まれる本件プールの天井裏の鉄骨の保守点検の義務を負うのは、賃借人の地位にあるBであって、賃貸人であるAには、当該義務はないというべきである。・・・賃貸借の目的物が賃貸人から賃借人に引き渡された後は、当該目的物についての善管注意義務は、現に当該目的物を占有して返還義務を負う借主が負うと考えるのが合理的であり、このように考えることが民法第400条の法意にも沿うものということができる。・・・本件プールの天井裏の鉄骨については、Bが善管注意義務の履行として保守点検を実施する義務を負うものの、その結果、維持管理及び修理取替えの必要が判明したときは、Aがその責任と費用負担においてこれを行うことが合意されたものと考えるのが相当である。そして、本件においては、Bが本件プールの天井裏の鉄骨の点検を行っておらず、維持管理及び修理取替えの必要が判明していなかったのであるから、Aの当該鉄骨の維持管理を行う義務は、いまだ具体的には生じていなかったというべきである。」

61.使用貸借の土地の譲受人による建物収去土地明渡請求
  • 親戚から使用貸借した土地上に建物を所有して、長く居住してきましたが、高齢の親戚がこの土地を第三者に極めて安い底地価格で売却してしまいました。購入者から建物収去土地明渡を求められています。権利の濫用として認められないと思うのですが、いかがでしょう。
  • 使用貸借の目的物が第三者に譲渡され、譲受人から借主に対し明渡請求されるケースが多いのですが、明渡請求が権利の濫用にあたるとして認められないことがあります。但しこの場合でも立退料(補償金)の支払により権利濫用とならないと判示している判例があります。東京高判平30・5・23は次の通り判示しています。
判決内容

「控訴人は、本件土地上に被控訴人らが本件建物を所有して、被控訴人Bが本件建物で生活していることを認識しつつ、高齢で本件土地をめぐる権利関係を十分に把握しているとは思われないAから、極めて低廉な底地価格でもって本件土地を購入して巨額な経済的な利益を得た上、本件建物の敷地利用権が使用貸借であって対抗力を有しないことを奇貨として、本件土地の使用借人である被控訴人らの生活等に及ぼす影響等を考慮せず、Aに対して説明した一億円での本件建物の買い取りも提案することなく、巨額な利益を保持したまま本件主位的請求をしていることになるから、権利の濫用に当たるものというべきである」としたうえで、一億円で本件建物を買い取るとの提案がされるとの前提で、「仮にこのような高額の立退料が支払われるのであれば、控訴人の利益も著しい暴利とまではいえないし、被控訴人らの使用貸借に基づく本件土地の占有権原の予想される残存期間がそう長いものとは考えられないことからすれば、被控訴人Bの利益は十分に保護されているとみられるし、被控訴人Bについては、本件建物での居住を継続したいとの心情は理解できるものの、客観的に見れば、残された老後の生活を維持するのに十分な資金を得られる上・・・本件予備的請求は、被控訴人らに対し一億円の支払いをすることが引き換えであれば、権利濫用とはならないと考えられる。」使用貸借の土地の明渡に関する重要判例といえます。

62.高齢者介護施設の賃貸借契約の解除
  • 建物所有者が運営していた高齢者介護施設をそのまま貸借し、施設を運営することにしましたが、直通階段の未設置が判明し、建築基準法第35条違反、建築基準施行令120条違反との指摘を受けました。私としては瑕疵担保責任による賃貸借契約解除を主張したいのですが、認められますか。
  • 賃貸借契約も有償契約なので、賃貸借の目的物に隠れた瑕疵があれば賃貸人は担保責任を負うこととなり、契約の目的を達成することができない場合、契約解除が可能となります。新民法のもとでは契約不適合責任が問題となりますが、瑕疵担保責任としての解除の成否が先例として機能することになります。類似の事案につき、東京地判平27・6・4は次の通り判示しています。
判決内容

「瑕疵とは、その種類のものとして通常有すべき性質又は契約において予定された性質を欠くことをいい、また、法律上の制限があることも瑕疵に当たり得るものと解されるところ、本件賃貸部分についてみるに、前記前提事実によれば、少なくとも、直通階段の未設置については、建築基準法第35条及び建築基準法施行令120条に違反するものと認められ、防災上の観点からみても、賃貸建物の安全性に関わる重大な欠陥というべきであるし、不動産取引の専門家ではないAがこのような法令違反に気付かなかったことをもって、Aに過失があったということもできないことからすれば、この点は、隠れた瑕疵に該当するものと認めるのが相当である。」そのうえで契約解除が肯定されました。

63.法定更新と更新事務手数料条項
  • 賃貸借契約書に、更新の際の更新料は新賃料の1ヶ月分、更新事務手数料は0.5ヶ月分と記載されています。法定更新の場合は更新契約書も作成されないので、更新事務手数料を支払う合理的理由がないと思うのですが、いかがでしょうか。
  • 法定更新の場合の更新事務手数料条項は、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するもので消費者契約法10条により無効ではないかとの考え方があります。
    法定更新の場合、合意が成立せず、更新契約書も作成されないので、更新事務手数料を支払う合理的理由がなく消費者契約法10条により無効とした判例(東京簡判令2・1・21)があります。同判決の控訴審(東京地判令3・1・21)は次の通り判示し、逆転判決を言い渡しました。
判決内容

「本件賃貸借契約及び本件合意更新は、更新料及び更新事務手数料の支払義務が法定更新の場合においても生じる旨が一義的かつ具体的に規定された書面を取り交わすことにより締結されたといえる・・・次に、本件更新料等条項により被控訴人が支払義務を負う更新料及び更新事務手数料の額及びその約定の遅延損害金の割合については、いずれも、本件賃貸借契約の賃料額や賃貸借契約が更新される期間・・・に照らして高額に過ぎるという事情は認められない・・・上記の各事情を総合考慮すると、本件更新事務手数料条項は、消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないし、暴利行為にも該当しないと解するのが相当である・・・本件更新事務手数料は、法定更新の場合においても契約の更新に伴って一定の事務手続が発生し得ること・・・を前提として、契約更新に伴う手数料として支払われるものであると考えられ、また、本件更新事務手数料は、上記の契約更新に伴う手数料としての性質に加え、賃料の補充や権利金の補充あるいは更新承諾の対価等の性質も複合的に有するものと解される・・・被控訴人は、法定更新の場合においても、控訴人が契約更新に伴って一定の事務作業を現に行ったかにかかわらず、控訴人に対して本件更新事務手数料を支払う義務を負うと解するのが相当であり・・・」

64.賃借建物に侵入したネズミの事後的駆除
  • 賃借建物で中華料理店を営んでおりますが、ネズミが出没するようになり困っております。ネズミの事後的駆除や侵入防止対策は貸主の方でやるべきだと思うのですがいかがでしょう。
  • 賃貸している建物にネズミが侵入し、建物の使用に損害を与えるケースにおいて、その事後的な駆除を行なったり、その侵入を阻止する義務が貸主にあるのか否かの問題です。
    契約書に貸主の義務として明示している場合は別として、特段の定めがない場合について、東京地判平21・1・28は次の通り判示しました。
判決内容

建物の賃貸借契約において賃貸人が賃借人に対し負う義務は、賃借人がその使用目的にしたがって建物を使用収益できる状態にして引き渡せば足りるもので、その後、建物にネズミ等の生物が侵入するようになり、建物の使用に影響を与えるようになったとしても、ネズミ等の建物内への侵入自体は、当該生物と建物を使用する賃借人の使用状況との相関関係により生じる事態であって、賃貸人の管理の及ばない事項である以上、この侵入を阻止するよう措置をとる義務が賃貸人に直ちに生じるものではないし、建物に侵入したネズミの事後的駆除も、建物を占有する賃借人が行うべき事柄である。本件賃貸借契約には、建物使用目的が店舗(中華レストラン)と定められ、賃借人は、その本来の用法に従い善良なる管理者としての注意をもって使用収益することは定められているものの、賃貸人側に特別な義務を課した条項は見当たらないから、被告らが主張する高度な環境衛生準備義務を原告が負う旨の主張は採用できない。」
一方、賃貸人にネズミの侵入を塞ぐ修繕義務を認めるべきとの考え方もあります。

65.借地条件変更承諾料の算定
  • 大阪市中心部で借地上で給油所を経営してきましたが、今後、規模を大幅に拡大し建物を建て替えて自動車販売店舗を展開しようと思い、借地条件の変更を貸主に求めたいのですが、承諾料の算定はどのように行なわれるのでしょうか。
  • 借地非訟事件申立件数の半分が東京地裁に申し立てられており、大阪地裁における件数はかなり少ないと報告されております。借地条件変更の承諾料は、当該借地の更地価格の10%を原則としているのですが、件数の少ない大阪にそのまま適用してよいのかが問題となります。
    類似の事案で鑑定委員会が更地価格の6%が相当とした判断が争われた件で、大阪地裁平30・1・12決定は、次の通り判示しました。
判決内容

「相手方は、鑑定委員会が採用した更地価格の6%ではなく10%とすべきであると主張しているようにも思われるので念のため検討する。確かに、文献・・・によれば、借地条件変更の場合、当該借地の更地価格の10%相当額を原則としていること、例外的に固有の事情を考慮してその割合を適宜増減していること、裁判例を概観すると上限が15%、下限が7%あたりであろうこと、長年の裁判例の積み重ねにより借地非訟の実務慣行として不動産取引界にも根付いていることを指摘する。しかしながら、これは、東京地裁を中心とする関東地方実情であって、持ち家志向がつよく借地権取引が極端に少ない関西地方とりわけ大阪地裁管内では必ずしも妥当しない。また、大阪地裁における借地非訟事件の申立は件数も少なく、関西地方に借地取引の実務慣行が存在するとの文献も見当たらない。そうすると、当裁判所が判断の根拠とできるのは、関西とりわけ大阪府内における不動産取引に精通した鑑定委員により判断された鑑定意見書によるべきであると考える。」

66.違約金特約と暴利行為 New!
  • 賃貸借契約に、賃借人の債務不履行による解除の場合、賃貸借契約の残存期間の賃料合計額に相当する金員を違約金として支払う旨の特約が付されています。こんな特約は無効だと思うのですが、いかがでしょう。
  • 賃借人の違約の場合の違約金の定めは、公序良俗や強行法規に違反しなければ有効と解されます。
    設問類似の事案につき東京高判平21・10・29は次の通り判示しています。
判決内容

「上記Aの主張のとおりであるとすると、賃借人であるBが本件建物の使用を全くしなくなったにもかかわらず当初の賃貸借期間の終期までの賃料相当額の全額を負担することになり、一方でAはBが本件建物を退去した後はいつでも新たな賃借人を探し、その者から賃料を獲得することにより二重の利益を得ることを可能とすることになる。上記結論は、Aが賃借人退去後、新たな賃借人を探すために必要と思われる相当期間賃料収入を得られないことによる損害額をはるかに上回るものであって、暴利行為に当たるというべきである。そこで、上記相当期間について検討するに、本件賃貸借契約の特約条項10条及びAの解除通知の内容に照らすと、本件賃貸借契約の期間が3年を経過した場合においては、本件建物の明渡し完了後6カ月分の賃料相当額の支払がされればAの損害は十分に填補されるものと認められるから、本件特約に基づく損害賠償請求は、解除後、Bが本件建物を明け渡すまでの賃料相当額及び明け渡した後6カ月分の賃料相当額の合計額に相当する金額を請求する限度で理由があり、これを上回る部分は暴利行為として無効となると解するのが相当である。」
結局、新たな賃借人を確保するために必要な合理的な期間がポイントになります。

67.建物賃貸借の仲介契約の仲介業者の義務 New!
  • 建物賃貸借契約の仲介をした業者が、契約成立後に、保証金の未留保分を適切に管理しなかったり、造作譲渡承諾料を適切に徴収しなかったりしております。仲介契約の債務不履行にあたると思うのですが、いかがでしょうか。
  • 建物賃貸借契約に関する仲介契約における仲介業者の義務の範囲が問題となります。賃貸借契約成立後の管理業務との区別をどこですべきなのでしょうか。この点につき東京地判平25・6・26は次の通り判示しています。
判決内容

「一般に建物賃貸借契約に関する仲介契約における仲介業者の義務は、新たに成立する賃貸借契約について、賃借人との交渉を行い、賃貸借契約成立に際し必要な手続を行うことと解されるところ、保証金返還に係る償却費の留保や造作譲渡承諾料の徴収に係る業務は、上記のような仲介業者の直接の業務ではなく、賃貸借契約成立後の管理業務というべきものである。したがって、Aにおいて、仮に保証金の未留保分を適切に管理しなかったこと、譲渡承諾料を適切に徴収しなかったことがあったとしても、これをもって、直ちに各仲介契約に基づく債務不履行ということはできない。なお、Aは、各賃貸借契約成立後、Bから本件建物の管理業務を委託されていたと認められるが、これについて管理料等の定めがあったとする的確な証拠はなく、これらの管理は、BとAの代表取締役の個人的な友好関係もあって、無償で行われていたとみるのが相当である。保証金償却分の一部不留保、譲渡承諾料の不徴収が、管理者が業務として全く問題がないとはいえないとしても、前記認定の個別の事情を踏まえて考えると、これらの金員を留保せず、あるいは徴収しなかったAの措置が、無償の管理行為として明らかに不当で債務不履行に当たるとまでいうことはできない。そうすると、仲介契約の不履行をいうBの主張は、理由がない。」

68.国税滞納処分による差押と契約解除 New!
  • 賃貸借契約に破産手続開始決定の申立て等と並んで著しい信用不安を無催告解除原因とする特約が付されておりますが、今後、賃借人に対し国税滞納処分による保証金返還請求の差押えがなされました。特約に基づき契約解除しようと思いますが、認められますか。
  • 建物賃貸借契約書には、倒産解除特約が付されているのが一般ですが、その有効性について、裁判例では、効力を肯定したもの、限定的に有効としたもの、効力を否定したものに分れています。
    東京地判平22・3・16は次の通り判示しています。
判決内容

「本契約には、破産手続開始決定の申立て等と並んで著しい信用不安を無催告解除原因とする特約が付されているところ、支払不能ないし支払停止を原因とする破産手続開始決定の申立てが賃料債務の不払を伴うことが通常予想される事態であることに鑑みれば、保証金返還請求権の差押えによる著しい信用不安を理由とする契約の解除も、賃料債務の不払が現実的、具体的に予想されるほどに重大で、本件契約を継続し難いほどに当事者間の信頼関係を破壊するに至ったといえる場合にはじめて、前記特約に基づく解除が認められると解するのが相当というべきである。」
結局、著しい不安を無催告解除原因とする特約を限定的に解釈し、国税滞納処分である差押えのなされたケースにつき、信頼関係破壊に至ったとはいえないとして、解除の効力を否定しました。
一方、東京地判平20・11・27は東京国税局から国税滞納処分による差押えを受けたケースにつき、解除の効力を肯定しています。

69.窓ガラスの熱割れと通常消耗 New!
  • 賃借物件を明渡す際に、網入り窓ガラスの熱割れをしている部分の修繕を求められました。貸主の方でやるべきであって、このまま返還しようと思うのですが認められますか。
  • 賃借人が貸室を通常の使用に伴う汚損、損傷は、賃料支払と対価関係にあり、汚損、損傷を回復するための経費は賃料に含まれるのであり、いわゆる通常損耗は、賃借人が負担すべきではありません。明渡しに際しては、汚損、損傷のある状態のまま返還すればよいのです。
    網入り窓ガラスの熱割れが生じた事案につき東京地判平23・1・20は次の通り判示しています。
判決内容

「窓ガラスは、日射が直接当たり高温になる中央部と、日射が当たらず、熱がサッシや躯体に放熱され、低温に留まる周辺部との温度差により生ずる周辺部の引張応力により割れることがある。この現象を熱割れという。熱割れは、建物の東側や南側で起こりやすく、また、網入りガラスで起こりやすい。熱割れは、ガラスの周辺部から始まり、まず周辺部に直角にひびが入り、それから蛇行する・・・Aは、本件ひび割れは、Bの故意又は過失によるものである旨主張する。しかし、本件網入りガラスには物がぶつけられた痕跡はなく、前面に机と書籍が置かれ、物がぶつかる状態になかったことからすれば、本件ひび割れが、Bが部屋の内側から何かをぶつけたことにより生じたものと認めることはできず、本件ひび割れが、Bの故意又は過失によるものであると認めるに足りる証拠はない(むしろ、本件網入りガラスが、熱割れの生じやすい網入りガラスであり、熱割れの生じやすい一定の日照を受ける本件建物の東側にあることや、ガラスの端を始点とする本件ひび割れの形状からすると、本件網入りガラスのひび割れが熱割れによるものである蓋然性がある。)」
通常損耗は、あくまでも賃貸人の負担です。

70.貸室での自殺と減収分の損害 New!
  • 貸室で貸借人が自殺し、その後の入居者募集を中止しています。1年後に再開しようと思うのですが、賃料の減額を余儀なくされます。減収分の損害賠償はどの程度認められますか。
  • 自殺等によって心理的な嫌悪感を生じさせ、貸主が一定期間貸室を賃貸できなくなり、又は賃貸できたとしても相当賃料での賃貸ができなくなったときは、賃借人の相続人や保証人に対し、保管義務違反による損害賠償を求めることができます。その算出方法につき東京地判平25・7・3は次の通り判示しています。
判決内容

「本件不動産は、新たに設立した法人であるAにより不動産賃貸業を営むことを前提として、収益物件として取得されていることからすると、収益性の観点からの自殺減価の検討も必要である・・・本件自殺の存在により、308号室の賃料がどのような影響を受けるかを検討する。
まず、Aが平成22年11月に308号室の賃借人の募集を停止したように、自殺が発見された時点から1年間程度は、新規賃借人の募集が停止され、その間の賃料収入は100%喪失されるのが通常と解される。また、2年目以降においても、自殺の存在が告知事項となることから新規賃貸借契約の締結のためには賃料を減額せざるを得ず、その減額割合は50%と想定するのが相当である。なお、自殺が告知事項となるのは、自殺が発生した次の新規入居者に対してであり、当該入居者の次の入居者に対しては告知義務はなくなるものと考えられること、居住用物件の賃貸借契約の期間は2年あるいは3年とされることが多いが、賃借人が契約の更新を希望すれば契約は更新され、その際、減額していた賃料を増額することは容易ではないと推認されることからすると、上記減額割合による賃貸借契約は6年から8年程度継続するものと推認される。」
算出のための参考事例として位置づけられる判例です。

71.賃借人の解約予告金支払義務 New!
  • 「賃貸借期間中に本契約を解約しようとするときは、賃借人は6カ月前までに賃貸人に対し書面により予告をしなければならない。ただし賃借人は解約予告にかえて賃料の6カ月分相当額を支払い、即時解約することができる。」と特約がある契約で、賃借人は解約の意思表示をし、2カ月後に明渡しを完了しました。その直後に賃貸人は新賃借人と契約し賃料を得ています。このように、予告期間中に新賃借人との契約が締結されても、賃借人には解約予告金支払義務があるのでしょうか。
  • 元の賃借人との賃貸借契約終了と同時に新賃借人との間で賃貸借契約が成立し、賃貸人が空室損失を被らないようなケースにおいても、元の賃借人には解約予告金支払義務があるのでしょうか。
    この点につき、東京地判平19・4・23は次の通り判示しています。
判決内容

「予告期間内に賃借人が賃借物を明け渡すなどして賃貸借契約が終了した場合、以後、賃借人は賃貸人に対し賃料支払義務を負わないことになるものの、賃貸人にとっては、賃借人から本件解約条項本文による解約予告がなされた場合、本来なら6カ月分の賃料の支払を受けることを期待していたのであるから、その期待を保護する必要がある。そこで、本件解約条項但し書きは、賃貸人の前記期待を保護するとともに、賃借人としても予告期間内の賃料支払は覚悟していたはずであるから、賃借人に、通常、賃貸人が新賃借人を探すのに必要と考えられる合理的期間である6カ月分については賃料と合わせて賃料相当損害金を支払うべき義務があることを定めた趣旨と解するのが相当で、その法的性質は、賃借人の解約権の行使により、賃貸人が被る損害賠償額の予定の性質を有するものと解するのが相当であるから、6カ月の期間内に賃貸人が新賃借人との間で賃貸借契約を締結したかどうかという事実によって、賃借人が賃貸人に対して負っている合計6カ月分の賃料及び賃料相当損害金の支払義務は左右されないというべきである。」